デジタルは危ない。
クレジットカードは危ない。
ネット銀行は危ない。
QRコードも危ない。
スマホで注文するなど、何が起きるか分かったものではない。
だから、自分では使わない。
ただし、予約はしたい。
商品は欲しい。
旅行には行きたい。
テーマパークにも入りたい。
公共料金も払いたい。
そこで、家族や店員や窓口職員にやってもらいます。
本人はデジタル社会に屈していません。
下々の者が、代わりに屈しています。
これが、アナログ貴族の優雅な暮らしです。
しかし、よく観察すると、この貴族制は単なる一人のわがままではありません。
貴族を支える家臣が育ち、制度が整い、やがて誰にも止められなくなる。
今回は、アナログ王国がどのように建国され、繁栄していくのかを見てみたいと思います。
王国は、航空券一枚から始まる
アナログ王国の建国に、壮大な儀式は必要ありません。
憲法もありません。
国旗も国歌もありません。
始まりは、たいていこの程度です。
「これ、ちょっと予約して」
家族は思います。
一回くらい、いいか。
そこでスマホを開き、日付を確認し、人数を入力し、カードで決済します。
数分で終わります。
依頼した本人は、横で見ています。
いや、見ていないこともあります。
テレビを見ているかもしれません。
こうして、最初の家臣が誕生します。
家族は、親切にしただけです。
本人も、一度助けてもらっただけです。
しかし、この瞬間、双方は重要なことを学習します。
貴族は学びます。
頼めば、誰かがやる。
家臣も学びます。
教えるより、自分でやった方が早い。
建国です。
誰も建国したつもりはありません。
航空券を一枚取っただけです。
貴族はできなくなり、家臣はできるようになる
最初の頃、本人はこう言います。
「やればできると思うけど、今回はお願い」
半年後には、少し変わります。
「前にもやってもらったから、今回もお願い」
一年後には、こうなります。
「こういうのは、あなたの方が得意だから」
さらに数年たつと、完成します。
「私はそういうものは全然分からない」
見事です。
最初は「やればできる」だったはずなのに、いつの間にか「全然分からない」に成長しています。
一方、家族の方も成長します。
航空券を取る。
ホテルを予約する。
電子チケットを管理する。
アプリをインストールする。
パスワードを再設定する。
本人確認を通す。
家族の技能は、代行するたびに向上します。
つまり、アナログ王国では、
貴族はできなくなり、家臣はできるようになる。
という、非常に効率的な人材育成が行われています。
貴族の無能力と、家臣の熟練が、仲よく同時に育つ。
国家としては理想的な分業です。
家庭としては最悪です。
「危ない」は王家の勅令である
アナログ貴族が実務を拒否するとき、最もよく使う言葉があります。
「危ない」
この言葉は、非常に優れています。
「分からない」と言えば、教えようとする人が出てきます。
「面倒くさい」と言えば、自分でやれと言われます。
「できない」と言えば、一緒にやろうと言われます。
しかし、
「危ない」
と言えば、話は変わります。
能力不足が、危機管理能力に変換されます。
学習拒否が、慎重さに変換されます。
単なる食わず嫌いが、社会に流されない賢明さに変換されます。
クレジットカードは危ない。
ネット通販は危ない。
QRコードは危ない。
スマホ決済は危ない。
本人は、自分が使えないのではありません。
危険を見抜いて、あえて使わないのです。
大変立派です。
この王国において、「危ない」は事実を述べる言葉ではありません。
議論を終了させる勅令です。
勅令が出た以上、家臣は従うしかありません。
「では、私が代わりにやります」
王国の秩序は、今日も守られました。
反乱者は、冷たい人に認定される
しかし、家臣にも疲労はあります。
ある日、家族の一人が言います。
「今回は、自分でやってみたら」
これは小さな反乱です。
ところが貴族は、これを制度上の問題とは受け取りません。
「あの人は冷たい」
と受け取ります。
ここが、アナログ王国の統治技術として実に優れています。
家臣が労働条件の改善を求めても、労働問題にはなりません。
人格問題になります。
代行を拒否した人は、冷たい。
思いやりがない。
困っている人を助けない。
以前はやってくれたのに、最近は不親切になった。
こうして反乱者だけが悪者になります。
貴族制そのものは無傷です。
しかも、家臣は一人ではありません。
配偶者が断れば、子どもに頼みます。
子どもが断れば、兄弟に頼みます。
兄弟が断れば、友人に頼みます。
友人が断れば、店員に聞きます。
店員が難しければ、窓口へ行きます。
一人の家臣が逃げても、荘園制度は崩れません。
アナログ貴族の領土には、常に新しい使用人候補が配置されています。
親切な人ほど、筆頭家老になる
アナログ王国で最も危険なのは、機械に弱い人ではありません。
親切な人です。
機械に詳しい。
説明が上手。
困っている人を放っておけない。
頼まれると断れない。
こういう人は、最初はほんの少し手伝うだけです。
「ここを押せばいいよ」
「この番号を入力して」
「今回は私がやるから、次は自分でやってみて」
本人にも、教育的配慮があります。
魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えようとしているわけです。
しかし、貴族は釣り方を覚えません。
釣った魚だけを受け取ります。
次回もスマホを持って現れます。
「前にやってくれたやつ」
便利な依頼方法です。
何をしてほしいのか説明する必要すらありません。
家臣の側に履歴が残っているからです。
何度か手伝うと、貴族から正式な称号を与えられます。
「あなたに聞けば分かる」
栄誉あるお言葉です。
その日から、その人は筆頭家老になります。
家族旅行の予約。
病院のウェブ受付。
行政サービスへのログイン。
各種アプリの設定。
写真データの送信。
迷惑メールの判定。
スマホの機種変更。
パスワードを忘れたときの復旧。
あらゆる案件が、筆頭家老のもとへ持ち込まれます。
なぜなら、詳しいからです。
正確には、何度も押しつけられた結果、詳しくなったからです。
しかも、筆頭家老の仕事には恐ろしい特徴があります。
一度うまく処理すると、次回から担当者になります。
旅行を一度予約すれば、旅行係。
スマホを一度設定すれば、通信大臣。
通販を一度代行すれば、宮内庁購買部長。
迷惑メールを一度判定すれば、サイバー防衛長官です。
本人の同意は必要ありません。
実績を作った者が、自動的に就任します。
退任規定もありません。
兼職制限もありません。
休日もありません。
そして、筆頭家老が少し嫌な顔をすると、貴族は言います。
「あなたなら、すぐできるでしょう」
なるほど。
十分で終わる仕事なら、他人の十分は無料でよい。
五分で終わるなら、断る方が冷たい。
一分で終わるなら、もはや断る理由がない。
こうして、家臣の技能が上がるほど、仕事を断りにくくなります。
熟練が待遇改善につながるのではありません。
熟練するほど、追加業務が無料で降ってきます。
これがアナログ王国の能力主義です。
できる者に仕事を集め、できない者はますます何もしなくてよい。
非常に合理的です。
貴族にとっては。
貴族を一人倒すには、全領民の同時蜂起が必要
では、この制度を壊すには、どうすればよいでしょうか。
簡単です。
誰も代行しなければよい。
家族も断る。
友人も断る。
店員も特別対応しない。
銀行も窓口を閉じる。
行政も紙を受け付けない。
鉄道も紙の切符を廃止する。
旅行会社も電話予約をやめる。
全員が同じ日に、
「自分でやってください」
と言えばよい。
無理です。
家族三人の夕食メニューすら一致しないのに、銀行、市役所、鉄道会社、旅行会社、飲食店、テーマパークを同時蜂起させなければならない。
革命の難易度が高すぎます。
しかも、一人でも親切な人が残れば、その人が新しい筆頭家老になります。
全員が拒否するまで、貴族制は続きます。
そして全員同時拒否を実現するためには、今度は家臣たちが足並みをそろえなければなりません。
誰か一人だけ助けてしまわないか。
自分だけ冷たい人と思われないか。
困っているのに放置してよいのか。
結局、自分でやった方が早いのではないか。
反乱を成功させるために、反乱軍内部でもう一度会議が必要です。
たぶん、その会議の予約も誰かがネットで取ります。
外圧が来ても、貴族は学習しない
では、社会の側がアナログ対応を廃止したらどうなるでしょう。
紙の切符がなくなる。
窓口がなくなる。
電話予約がなくなる。
現金が使えなくなる。
すべてアプリから手続きする。
ここまで来れば、さすがの貴族も自分で覚えるのではないか。
そう思うかもしれません。
甘い。
アナログ貴族は言います。
「世の中が不親切になった」
自分の技能不足ではありません。
社会の道徳的退廃です。
「昔は、ちゃんと人がやってくれた」
昔の人が優しかったのではありません。
人件費を投入していただけです。
しかし、貴族の記憶の中では違います。
昔は温かかった。
今は冷たい。
昔は人間味があった。
今は機械ばかり。
そして、近くにいる人へスマホを差し出します。
「これ、どうしたらいいの」
言い方は相談です。
内容は発注です。
所長は立憲君主である
ここまで考えていると、当研究所の所長がこちらを見ていました。
クリーム色のチワワです。
所長も、自分ではスマホを使いません。
ネット通販も使いません。
動物病院の予約もしません。
クレジットカードも持っていません。
おやつの在庫管理も、人間に任せています。
見方によっては、かなりの貴族です。
しかし、所長にはアナログ貴族と決定的に違う点があります。
自分が人間に依存していることを、隠しません。
おやつの袋が届けば、全身で喜びます。
病院へ連れて行かれれば、露骨に嫌がります。
人間が自分のために何かしていることを、たぶん理解しています。
少なくとも、
「通販は危ないので、私は利用していません」
とは言いません。
また、
「昔は、人間が直接おやつを狩ってきたものだ」
とも言いません。
所長は貴族ではありますが、立憲君主です。
自分の権限と、国民への依存を、だいたい理解しています。
統治は強権的ですが、現実認識はあります。
今日も貴族は肥えていく
アナログ貴族は、誰かに代行してもらうたびに、自分でできることを一つ失います。
周囲は、代行するたびに、
「もう自分がやるしかない」
という確信を深めます。
本人ができなくなるほど、周囲は代行する。
周囲が代行するほど、本人はさらにできなくなる。
こうして王国は、何の法律もないまま安定します。
貴族の能力は痩せていく。
家臣の仕事は増えていく。
しかし貴族だけは、他人の時間を栄養にして、今日も立派に肥えていきます。
そして今日も、城の奥から声が聞こえます。
「私は、そういうものは使いません」
その声を合図に、家臣たちは静かにスマホを取り出します。
本ブログでは、日常やビジネスに潜む構造を観察しています。これらの思考の土台となった、実際の紛争における人間観察と実務の全記録は、noteに収録しています。事象を抽象化し、構造として捉えるための参考資料としてご活用ください。

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