※本稿で扱うWikipediaの記述・編集履歴は、2026年9月4日現在のものです。
最近、香川県の水不足が少し気になっていました。
そこで、早明浦ダムについてWikipediaを開いてみました。
すると、冒頭にこんな一文があります。
「香川県・愛媛県が出資拒否をしたダムとして著名である。」〔注1〕
さらに「費用」の項目を読むと、昭和37年に香川・愛媛両県が徳島県の負担に配慮して出資に合意したものの、昭和39年になると建設費が高いなどとして出資を拒否し、その結果、国が徳島県に全額負担を依頼した、という経緯がかなり具体的に記されています。
正直、最初に思ったのは、
「えー、ほんまなん? 香川県ひでえな。金は出さん、水は出せって虫がよすぎるだろ」
でした。
Wikipediaに書いてある。
年号もある。
副知事の発言まである。
普通に読めば、そう思います。
ところが、少しだけ気になりました。
本当にそうなのか。
そこから資料を追い始めると、話がだんだん妙になってきました。
Wikipediaが一次資料ではないことくらい、多くの人は知っています。誰でも編集できることも知っています。
それでも、何か分からないことがあれば検索する。するとWikipediaが上位に出てくる。人物、事件、制度、歴史。私たちはかなりの頻度で、Wikipediaを「最初に確認する場所」として使っています。
もはや単なるネット百科事典というより、知識を探すための社会インフラの一部に近い。
だからこそ、この違和感は少し怖いものでした。
香川県は、本当に金を出していないのか
まず、一番簡単なところから確認します。
香川県政策部水資源対策課の公式資料「吉野川総合開発計画」によれば、早明浦ダムの総事業費は約331億円です。
そのうち治水分と発電分を除く利水分約109億円について、香川県は約44億円を負担しています。割合は約40%です。〔注2〕
つまり、
「香川県は早明浦ダムに金を出さなかった」
という話なら、これは成り立ちません。
ちゃんと出しています。
なお、Wikipediaには『香川用水工事誌』220頁を出典とする「共同費250億円の場合」の表があり、そこでは香川県分が13.23%、33.08億円とされています。〔注3〕
44億円と33.08億円。
数字が違います。
しかし、これは直ちに矛盾ではありません。
香川県公式資料の44億円は、総事業費約331億円のうち「治水分と発電分を除いた利水分約109億円」に対する香川県の負担額です。一方、Wikipediaの33.08億円は「共同費250億円の場合」という別の母数による費用配分表です。
少なくとも確実に言えるのは、
香川県は早明浦ダムの利水関係費を実際に負担している。
ということです。
ただし、Wikipediaが書いている「出資拒否説」は、これとは別に検証する必要があります。
「昭和37年7月14日」には、何が決まったのか
ここで非常に気になる日付があります。
昭和37年7月14日。
Wikipediaの物語では、この時期に香川・愛媛が徳島県の費用負担に配慮し、出資に合意したとされています。
ところが、香川県の公式年表を見ると、昭和37年7月14日の出来事は、
「吉野川総合開発部会第1回部会において、吉野川総合開発計画として早明浦ダムを中核とする基本方針を確認する。」
と整理されています。〔注2〕
そして、
「特定多目的ダム法に基づく早明浦ダム基本計画に4県が同意」
したのは、昭和41年7月です。
興味深いことに、徳島県側の新聞記録とも大きく食い違いません。
徳島市立図書館が徳島新聞のデジタル化資料を調査した記録には、1966年6月23日付1面に、
「四国開発審議会部会 早明浦ダム基本計画を了承 今秋から本格工事」
同年7月13日付1面に、
「『早明浦ダム』に同意 六月県議会終わる 予算など全議案可決」
という記事が確認されています。〔注9〕
もちろん、これだけで、
「昭和37年に費用負担について何らの合意も存在しなかった」
とまでは言えません。
別の協議や了解が存在した可能性はあります。
ただ少なくとも、
「昭和37年7月14日=香川・愛媛が徳島側の費用負担に合意した日」
という意味づけは、今回確認した香川県の公式年表や徳島新聞の記事記録から自明に導けるものではありません。
日付は本物である。
会議も本当に開かれている。
しかし、その日に「何が決まったのか」は別の話です。
治水と利水は、そもそも同じ費用ではない
ここは、ダムに詳しくない人ほど分かりにくいところだと思います。
私自身も、最初にWikipediaを読んだときには、ほとんど意識していませんでした。
「ダムの建設費」と聞けば、何となく全部ひとまとめの費用に見えます。
しかし、多目的ダムではそう単純ではありません。
大ざっぱに言えば、
洪水を防ぐための「治水」
と、
水道・農業・工業などで水を使うための「利水」
では、目的が違います。
そして目的が違えば、誰がその利益を受けるのかも違います。
早明浦ダムの場合、香川県が直接受けている大きな利益は、香川用水を通じて水を利用できることです。
つまり主として「利水」の受益です。
一方、吉野川下流の洪水を調節する「治水」は、主として河川下流域の洪水被害を減らすための機能です。
香川県の公式資料が、総事業費約331億円をそのまま一つの数字として扱わず、そこから「治水分」と「発電分」を除いた「利水分」約109億円を別に示しているのも、このためです。〔注2〕
要するに、
「治水費を負担していない」ことと、「ダムに金を出していない」ことは同じではありません。
ところが、この区別を外して読むと、話は簡単に変わります。
香川は治水分を負担していない。
↓
香川はダムの費用を負担していない。
↓
香川は金を出さなかった。
↓
香川は出資を拒否した。
こう並べると、それらしい。
でも、一段ずつ意味が変わっています。
もちろん、これが実際に「出資拒否説」が生まれた原因だった、と断定するつもりはありません。
当時の費用分担をめぐって、徳島側に不満があったことも事実でしょう。
「同じダムから他県も利益を受けるのに、なぜ徳島側の負担が重いのか」
という感情が生まれることも理解できます。
しかし、
「徳島側が負担に不満を持っていた」
ことと、
「香川にはその治水費を払う義務があった」
ことは同じではありません。
さらに、
「払うべきだった」
ことと、
「いったん払うと約束した」
ことも違う。
そして、
「約束した」
ことと、
「後から拒否した」
ことも違います。
この区別は、今回の問題を考えるうえでかなり重要だと思います。
本物の部品を使いながら、部品同士をつなぐ「だから」だけが変わる。
その典型が、ここにあるのかもしれません。
Wikipediaに現れた1,888バイト
では、この物語はWikipediaに昔から載っていたのでしょうか。
そうではありません。
Wikipediaの編集履歴を確認すると、2022年11月20日、「建設費を追加。」という編集要約で1,888バイトが追加されています。〔注3〕
この編集で新たに「費用」という節が作られ、
昭和37年に香川・愛媛が出資に合意したこと、
昭和39年に出資を拒否したこと、
国が徳島県に全額負担を依頼したこと、
徳島県が架橋問題への影響を考えて受け入れたこと、
武市副知事が憤ったこと、
などが一度に入りました。
この2022年時点の版では、この物語部分そのものに脚注は付いていません。
直後の費用配分表には『香川用水工事誌』220頁という出典があります。
しかし、
表の数字に出典があることと、
その直前に書かれた因果関係に出典があることは同じではありません。
「検証不可能」と削除され、「記事破壊」と戻された
その約2週間後、2022年12月3日。
別の編集者が、この1,888バイトを削除しました。〔注4〕
編集要約には、
「出展が用意されておらず、検証不可能な編集であるため取り消し」
とあります。
ところが翌12月4日、1,888バイトは復活します。〔注5〕
今度の編集要約は、
「荒らしによる記事破壊を修正」。
なんとも味わい深い。
出典がないから消した側は「検証不可能」と考えた。
戻した側は、その削除を「記事破壊」と考えた。
少なくともこの時点で、誰もが出典を確認できる確定した史実として安定していたわけではありません。
Wikipediaより前に、同じ物語があった
ただし、Wikipediaがこの話を作ったわけでもなさそうです。
2022年9月1日、つまりWikipediaへの1,888バイト加筆より約2か月半前に、note上で「早明浦ダムに出資拒否した香川。その経緯まとめ」という記事が公開されています。〔注6〕
そこには、
昭和37年7月14日の合意、
徳島の費用を香川・愛媛に振り分けること、
昭和39年の香川の出資拒否、
徳島による全額負担、
武市副知事の発言、
という、後のWikipediaと非常によく似た物語が書かれています。
このnoteがWikipediaの直接の出典だった、とまでは言えません。
この説の発生源だった、とも言えません。
言えるのは、
Wikipediaに書かれる前から、ほぼ同型の物語がネット上に存在していた。
ということまでです。
2026年、「著名なダム」に昇格する
そして2026年6月9日。
Wikipediaにはさらに3,015バイトが加筆されました。編集要約は、
「香川県・愛媛県の出資拒否について加筆。」
です。〔注7〕
ここで冒頭に、
「香川県・愛媛県が出資拒否をしたダムとして著名である。」
という一文まで入りました。
2022年には一節の中にあった話が、2026年にはダムそのものを特徴づける説明にまで昇格したわけです。
8月21日には別の編集者が3,015バイトを削除。
編集要約は、
「出資拒否をした事で著名という部分は独自研究であり不要」。
8月24日には再び3,015バイトが復元され、同日、記事は「編集合戦」を理由に保護されました。〔注8〕
なんともすごい状態です。
ただし、2026年版には「出典」が付いた
ここはフェアに書いておく必要があります。
2022年の初回加筆では無出典だった問題の段落ですが、2026年8月24日時点の版では、
『徳島新聞 昭和39年8月16日朝刊』1頁
という出典が付いています。〔注1〕
したがって、現在のWikipediaについて、
「出典なしで書かれている」
と批判するのは正確ではありません。
では、その出典は何を裏付けているのでしょうか。
なお、昭和39年は西暦1964年です。
国立国会図書館のレファレンス協同データベースに登録された徳島市立図書館の調査記録には、1964年8月16日付徳島新聞1面の記事として、
「“早明浦”地建案を貫く 青木局長が意見表明」
という記事が確認されています。〔注9〕
ただし、この記録の扱いには注意が必要です。
徳島市立図書館の徳島新聞デジタル化資料には検索機能がなく、同館は『吉野川百年史』などの関連資料から出来事の日付を絞り、その日の紙面を目視して記事を確認しています。
同館自身も、「今回確認した記事以外」に関しては徳島新聞社への問い合わせを案内しています。
つまり、この調査で挙げられた記事は、早明浦ダム関連記事の網羅的な一覧ではありません。
また、新聞1面に記事が一つしか載っていないわけでもありません。
したがって、このレファレンス記録をもって、
「Wikipediaが挙げた徳島新聞の記事は無関係である」
と判断することもできません。
ここで確認できるのは、
Wikipediaが1964年8月16日朝刊1頁を出典として掲げていること。
そして徳島市立図書館が、同日の1面に早明浦ダム関連の記事を一件確認していること。
そこまでです。
その新聞紙面が、
「昭和37年の合意」
「昭和39年の出資拒否」
「国による徳島への全額負担依頼」
「架橋問題を考慮した徳島の受諾」
という一連の記述のどこまでを実際に裏付けているのか。
それは紙面そのものを確認しなければ分かりません。
出典があるか。
その次には、
その出典が、何を裏付けているのか。
という問いが残ります。
二つの主張は、同じ強さでは否定できない
ここまでの検証は、二段階に分けておく必要があります。
まず、
「香川県は早明浦ダムに金を出していない」。
これは香川県の公式資料によって否定できます。
香川県は利水分について約44億円を負担しています。〔注2〕
一方、
「昭和37年に香川・愛媛が徳島側の費用負担に合意し、昭和39年にそれを拒否した。その結果、徳島が全額を負担した」。
こちらについては、同じ強さでは否定できません。
今回確認した資料からは、その一連の因果関係を直接確認できませんでした。
しかし、
「だから絶対になかった」
とも言いません。
ないことの証明は難しい。
ただし、
「あった」と百科事典に書くのであれば、その記述を裏付ける資料が必要です。
少なくとも、
「香川は金を出さず、水だけ持っていった」
という単純な物語は成り立ちません。
最初にWikipediaを読んだ私は、まさにそこまで一気に受け取っていました。
「香川県ひでえな」と。
しかし、実際に資料を追ってみると、その単純な物語のままでは済まなかった。
香川県、うどんを茹ですぎるくらいならまだしも、身に覚えのない歴史まで背負わされるのは少々気の毒です。
完全な嘘より、ずっと厄介なもの
今回の件で一番興味深かったのは、完全な作り話ではないことです。
早明浦ダムをめぐって四県の利害調整があった。
昭和37年7月14日に会議もあった。
費用負担の問題も存在した。
昭和41年には基本計画の了承・同意が進んだ。
徳島新聞には1967年9月19日付1面に、
「県に多額の負担金 開発委、池田ダム建設も問題化」
という記事も確認されています。〔注9〕
香川県が早明浦ダムから大きな利益を受けていることも事実です。
部品の多くは本物です。
問題は、
その部品と部品の間にある「だから」です。
完全な嘘なら、比較的見抜きやすい。
本物の年号、本物の人物、本物の数字を並べ、その間の因果関係だけが少し変わる。
こちらの方が、ずっと厄介です。
そしてWikipediaに載れば、その文章がまた新しい情報源になります。
ネットで語られる。
Wikipediaに載る。
検索でWikipediaが出る。
ブログやSNSが引用する。
やがて、
「どこにでも書いてある」
状態になる。
史実だから有名になったのか。
それとも、
「そういう史実だ」と何度も書かれた結果、本当に有名になったのか。
この二つは、まったく違います。
今回、私自身が最初に「香川県ひでえな」と思ったことも、たぶん無関係ではありません。
Wikipediaに書かれていた。
年号もあった。
数字もあった。
そして私は、治水と利水の違いすら意識せず、
「金を出さなかったのに、水だけ欲しがった」
という一つの物語として受け取った。
たぶん、特別にだまされやすい人だけが引っかかる話ではありません。
普通に調べる。
普通にWikipediaを読む。
そして、普通に信じる。
そのくらい自然な形で、情報は私たちの中に入ってきます。
Wikipediaを信用するな、という話ではありません。
私も使います。
たぶん、これからも使います。
ただ、早明浦ダムを調べていて、いくつかの問いが残りました。
誰が言っているのか。
何を根拠にしているのか。
その出典は、本当にその一文を裏付けているのか。
そして、
事実と事実の間にある「だから」は、誰が置いたのか。
注・出典
〔注1〕Wikipedia「早明浦ダム」2026年8月24日07:46(UTC)時点の固定版、oldid=110758653。冒頭に「香川県・愛媛県が出資拒否をしたダムとして著名である」と記載。「費用」節には『徳島新聞昭和39年8月16日朝刊』1頁を出典として掲げている。
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?oldid=110758653
〔注2〕香川県政策部水資源対策課「吉野川総合開発計画」(ページID 5858、2016年1月18日公開)。昭和37年7月14日を「早明浦ダムを中核とする基本方針を確認」、昭和41年7月を「特定多目的ダム法に基づく早明浦ダム基本計画に4県が同意」と記載。また総事業費約331億円、治水分・発電分を除く利水分約109億円のうち、香川県負担約44億円、約40%と記載。
https://www.pref.kagawa.lg.jp/mizusigen/mizu/kagawa_m/kagawa_06.html
〔注3〕Wikipedia「早明浦ダム」2022年11月20日の編集差分、oldid=92512328。「建設費を追加。」として1,888バイトを加筆。「費用」節と出資拒否をめぐる記述、共同費250億円の場合の負担表が追加された。費用配分表の出典は『香川用水工事誌』水資源開発公団香川用水建設所、1975年、220頁。
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?diff=prev&oldid=92512328
〔注4〕Wikipedia「早明浦ダム」2022年12月3日の編集差分、oldid=92732180。1,888バイトを削除。編集要約「出展が用意されておらず、検証不可能な編集であるため取り消し」。
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?diff=prev&oldid=92732180
〔注5〕Wikipedia「早明浦ダム」2022年12月4日の編集差分、oldid=92740607。1,888バイトを復元。編集要約「荒らしによる記事破壊を修正」。
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?diff=prev&oldid=92740607
〔注6〕note「【出資拒否】早明浦ダムに出資拒否した香川。その経緯まとめ」(ダム好き、2022年9月1日公開)。Wikipediaへの2022年11月加筆より前に、昭和37年7月14日の合意、昭和39年の拒否、徳島の全額負担など、後のWikipediaとほぼ同型の物語を掲載。
https://note.com/shiny_orchid964/n/nfd6a59d86530
〔注7〕Wikipedia「早明浦ダム」2026年6月9日の編集差分、oldid=109866169。3,015バイトを加筆。編集要約「香川県・愛媛県の出資拒否について加筆。」。
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?diff=prev&oldid=109866169
〔注8〕Wikipedia「早明浦ダム」変更履歴。2026年8月21日に3,015バイトを削除(oldid=110721920、編集要約「出資拒否をした事で著名という部分は独自研究であり不要」)、8月24日に3,015バイトを復元(oldid=110757559、編集要約「荒らしの記事破壊を修正」)。同日、Wikipedia管理者が「編集合戦」を理由として記事を保護。
削除差分:
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?diff=prev&oldid=110721920
復元差分:
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?diff=prev&oldid=110757559
保護記録:
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=特別:ログ&type=protect&page=早明浦ダム
〔注9〕国立国会図書館レファレンス協同データベース、徳島市立図書館「高知県土佐町にある『早明浦ダム』の計画から完成までの歴史や逸話について調べています。」(事例作成日2025年3月14日、管理番号2025007)。1964年8月16日、1966年6月23日、1966年7月13日、1967年9月19日などの徳島新聞記事を確認。徳島新聞デジタル化資料には検索機能がなく、出来事の日付をもとに紙面を確認した調査であることも明記されている。
https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=1000364553&page=ref_view
このブログ「Kazc’s Laboratory」では、身のまわりの出来事を、経営学・ゲーム理論・法律といった道具で観察しています。所長はクリーム色のチワワです。
こうした見方の“元ネタ”になったのが、私が実際に経験した裁判です。その全記録――本物の準備書面や答弁書つき――は、note『裁判闘争記』にまとめています(一部有料)。原理はこのブログで、実戦はあちらで。

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