スーパーで1,100円の買い物をしました。
レシートには「うち消費税100円」と書いてあります。
さて、この100円は誰が払ったのでしょう。
「そりゃ、買い物をした私でしょう」
おそらく、多くの人がそう答えると思います。
そして、お店は客から預かった100円を、後日まとめて税務署に納める。
実に分かりやすい話です。
ただし、法律上の仕組みは少し違います。
消費税を納めるのは誰なのか
まず、消費税の納税義務者は、原則として事業者です。
消費者ではありません。
私たちがレジで支払う1,100円は、法律上は商品代金です。そのうち100円を国に直接納税しているわけではありません。
「でも、消費税100円って書いてあるじゃないか」
ええ、書いてあります。
ただし、レシートに税額が記載されていることと、消費者自身が納税していることは別の話です。
では、お店がその100円を預かっているのでしょうか。
これも違います。
例えば、お店が商品を税込660円で仕入れ、税込1,100円で販売したとします。税率は10%です。
売上げに係る消費税額は100円。仕入れに係る消費税額は60円。
一般的な計算方法では、仕入税額控除によって、このお店の納付税額は40円になります。
もちろん、ほかの取引を考慮しない単純な例です。実際には一定期間の売上げや仕入れなどを集計しますし、別の計算方法が適用される事業者もいます。
仕入先もまた、自らの取引について納税義務を負います。
こうして取引の各段階で計算し、税の累積を防ぐ仕組みになっているのです。
少なくとも、レシートに100円と印字されているからといって、そのお店が100円をそのまま国に納めるわけではありません。
客から預かった100円を、別の封筒に入れて保管しているわけでもないのです。
預り金ではないが、預り金「的」である
ここで、興味深い政府答弁があります。
2022年11月29日、政府は消費税制度に関する質問主意書に対して、消費者が事業者に支払うのは商品やサービスの対価であり、消費税相当額もその対価に含まれると説明しています。
つまり、消費者が事業者に税金を預けているという法律関係ではありません。
ところが、その答弁には続きがあります。
消費税は、価格への転嫁を通じて最終的に消費者が負担することを予定しており、2000年7月の政府税制調査会の取りまとめでは「消費税が預り金的な性格を持つ税である」とされている、というのです。
預り金ではない。しかし、預り金的な性格はある。
この「的」という一文字が、実にいい仕事をしています。
法律上の関係を説明するときは、預り金ではありません。
制度の性格を説明するときには、預り金的です。
もちろん、両者が直ちに矛盾するわけではありません。法律上の納税義務と、最終的に誰が経済的な負担を負うかは、別の問題だからです。
しかし、この説明を聞いて、一般の人が「客から預かった消費税を、店が代わりに納めている」と理解しても不思議ではありません。
実は、会計処理にも似たような話があります。
税抜経理方式では、売上げに係る消費税を「仮受消費税等」、仕入れに係る消費税を「仮払消費税等」という勘定科目で処理します。
仮に受けた消費税。
この名前を見れば、なおさら預り金のように思えてしまいます。
しかし、これは経理処理上の区分であって、消費者との間に法律上の預託関係が成立したという意味ではありません。
法律上は預り金ではなく、説明上は預り金的で、帳簿の上では仮受消費税。
なかなか紛らわしい話です。
レシートの100円は、剥がせるのか
もう一つ、気になるものがあります。
店頭の価格表示です。
「本体価格1,000円(税込1,100円)」
これを見ると、商品の本当の値段は1,000円で、残りの100円は国が後からくっつけたものだと考えたくなります。
しかし、消費者が事業者に支払う取引価格は1,100円です。
税抜価格は、現在の税制の下で税額を区分するための数字であって、消費税が存在しなかった場合の市場価格を示しているわけではありません。
ここに、先ほどの預り金の話と共通する思い込みがあります。
消費税を商品代金とは別の、取り外し可能な100円だと考えてしまうことです。
確かに、レシートの上では分けられます。
しかし、市場で決まる価格から、その100円を同じように剥がせるとは限りません。
例えば、パン屋さんで税込216円のパンを買ったとします。
持ち帰りのパンには軽減税率8%が適用されるので、税抜価格は200円です。
政府は2026年10月9日、2027年4月から2年間、飲食料品の消費税率を8%から1%に引き下げる法案を国会に提出しました。
ここでは計算を簡単にするため、税率が8%から0%になったと仮定して考えてみましょう。
さて、このパンはいくらになるのでしょう。
200円でしょうか。
必ずしもそうとは限りません。
仮に、ほかの条件が変わらないとして、減税前の税額に相当する16円が、販売価格にどう反映されるかを考えてみます。
200円:16円すべてが価格に反映された場合。
208円:半分の8円が価格に反映された場合。
216円:販売価格が変わらなかった場合。
どの価格になるかは、法律で決まるわけではありません。
パン屋さんの仕入価格や人件費、近隣店舗との競争、客の購買行動などによって変わります。
実際には、材料の仕入れや流通段階にも減税の影響が及びますから、話はもう少し複雑です。
ただ、少なくとも、税率が下がったからといって販売価格が必ずその分だけ下がるわけではない、ということは分かります。
法律で決まるのは税率です。
パンの値段まで、国会で決めているわけではありません。
預り金ではないと理解することも、減税によって価格が下がると予想することも、それぞれ間違いではありません。
問題なのは、減税分が必ず、そっくりそのまま価格から差し引かれると思い込むことです。
レシートに印字された税額が、価格の中にいつでも取り外せる部品として存在しているわけではないのです。
それでも、減税には意味がある
この話をすると、ときどき妙なことになります。
「つまり、消費税を減税しても意味がないと言いたいのか」
いや、私は減税に賛成しているのですが。
税率を下げれば、その分だけ価格が下がるとは限らない。それは、減税に効果がないという意味ではありません。
実際、2020年にドイツでは付加価値税の一時的な減税が行われました。
その価格への影響を分析したFuest、Neumeier、Stöhlkerの研究では、スーパーマーケットの商品価格への転嫁率は約70%だったと推計されています。
減税によって価格は下がりました。しかし、減税分がすべて消費者価格に反映されたわけではありません。
これが、税の経済的な負担の「帰着」を考えるうえで重要なところです。
税率を法律で決めることと、その負担が最終的に誰に、どれだけ及ぶかは別なのです。
では、価格に反映されなかった部分には意味がないのでしょうか。
そうとも言えません。
先ほどのパンが減税後に208円で売られたなら、消費者は8円安く買え、パン屋さんの税抜売上げも200円から208円に増えます。
仕入価格などが変わらなければ、事業者にも恩恵が生じるわけです。
減税に賛成することと、減税によって価格が機械的に下がると信じることは、まったく別の話なのです。
レシートの100円が教えてくれないこと
消費税をめぐる説明には、奇妙な共通点があります。
消費税は消費者が払う税金。
事業者はそれを預かって納める。
減税すれば、その税額分だけ商品が安くなる。
どれも分かりやすい説明です。
そして、どれもそのまま受け取ると、肝心なところで誤解が生じます。
政府の説明には、「的」という便利な一文字が登場します。
一方、減税の議論では、消費税は預り金ではないと説明しながら、税率を下げればレシートの税額分だけ価格が下がるかのように語られることもあります。
消費税をめぐっては、賛成派も反対派も、ずいぶん威勢のよい議論をしています。
その前に、一つ確認しておきたいことがあります。
私たちが毎日のように目にしている、あのレシートの100円。
預り金ではないと言うときだけ価格の一部になり、減税を語るときだけ剥がせる100円になってはいないでしょうか。
参考資料
衆議院「消費税制度に関する質問に対する答弁書」(第210回国会 質問第28号、2022年11月29日)
内閣官房「「飲食料品に係る消費税率の引下げ」及び「給付付き税額控除」について」
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