問題がないので、問題を探します――善意と補助金で回る「改善活動」という永久機関

身近な人が、高齢者施設で働いています。

日々の仕事は、もちろん簡単ではありません。利用者の体調を見て、食事や生活を支え、何か変化があれば対応する。事故もなく、体調を崩す人もなく、一日が静かに終われば、かなり上出来です。

ところが、静かに一日が終わっただけでは、仕事をした証拠になりにくいらしい。

「今月の問題点を書いてください」

そう言われる。

特に大きな問題はない。事故もなかった。利用者も落ち着いていた。職員同士で多少の不満はあるが、それは先月もあった。

しかし、問題点の欄を空白で出すわけにはいきません。

問題がないので、問題を探します。

探しているうちに、本当に問題が見つかることもあります。しかし、たいていは「言われてみれば、問題かもしれない」という程度のものです。

たとえば、

「共有スペースの飾り付けに、季節感が足りない」

問題発見です。

続いて、改善案を考えます。

「季節に応じた装飾を増やし、利用者に四季を感じてもらう」

立派な改善案が完成しました。

すると、飾り付けを担当する人を決めなければなりません。材料を買い、作品を作り、掲示し、写真を撮り、活動記録にまとめます。

こうして、無事に仕事が増えました。

目次

改善案を出すために、問題を作る

本来は、問題を解決するために改善活動があるはずです。

しかし、改善案を定期的に提出する制度ができると、順番が逆転します。

改善案を出さなければならない。だから、改善できそうな問題を探す。

QC活動を経験した人には、少し懐かしい話かもしれません。

私が銀行員だったころにも、改善提案やQC活動がありました。

本当に困っている問題を解決するなら意味はあります。しかし、一定数の改善案を出すこと自体が目標になると、話が変わる。

問題がない職場は、優秀な職場ではありません。

改善意欲のない職場です。

そこで、書類の置き場所を変えたり、付箋の色を統一したり、電話番号表を少し見やすくしたりする改善が次々と誕生します。

改善前の写真を撮り、改善後の写真を撮り、効果を測定し、発表資料を作る。

書類の置き場所を十センチ動かしただけなのに、説明資料は六枚です。

書類を探していた時間より、改善報告を作る時間の方が長い。

やがて思います。

この改善活動そのものを、改善できないものか。

改善活動で元気になる人

厄介なのは、全員が嫌々やっているわけではないことです。

一部に、こういう活動が大好きな人がいます。

会議で真っ先に手を挙げる。

「去年と同じでは、利用者さんも飽きると思うんです」

そう言って、新しいイベントを提案する。

季節の行事。工作。ゲーム。歌。飾り付け。記念撮影。

提案した本人は、とても生き生きしています。

ホワイトボードの前に立ち、役割分担を書き始める。

「買い出しはAさん。飾り付けはBさん。司会はCさん。私は全体を見ます」

提案者は全体を見ます。

全体を見るというのは、たいへん便利な役割です。

買い出しには行かない。
飾り付けもしない。
司会もしない。
しかし、全体を見ている。

そしてイベントが終わると、

「皆さんのおかげで成功しました」

と総括する。

嘘ではありません。

本当に、皆さんのおかげです。

こうした人にとっては、日常の仕事より、企画や会議の方が存在感を示しやすい。

静かに利用者を見守る。体調の小さな変化に気づく。事故が起きないように先回りし、毎日の仕事を淡々と回す。

こういう仕事は、写真に残りません。

しかし、新しいイベントは写真に残る。報告書にも書ける。広報にも載せられる。

目に見えない仕事より、目に見える活動の方が評価されやすい。

改善活動には、改善を必要とする職場だけでなく、改善活動を必要とする人もいるようです。

現場だけを笑ってはいけない

ここまでなら、職場にいる「意識の高い人」が余計な仕事を増やす話です。

しかし、どうもそれだけではありません。

施設の外側にも、仕事を増やす仕組みがあります。

行政です。

行政には行政の事情があります。

施設が適切に運営されているか確認しなければならない。事故防止や職員教育が行われているか知りたい。公費や補助金が適切に使われた証拠も必要です。

どれも、もっともな話です。

行政が現場を毎日見に来るわけにはいきません。そこで、会議や研修を実施したか、改善計画を作ったか、利用者の反応を記録したかといった、目に見える証拠を求めることになります。

すると現場では、実際に良くなったかどうかだけでなく、

「やったことを証明できるか」

が重要になります。

事故が起きなかったことより、事故防止委員会の議事録。職員が疲弊しなかったことより、職場環境改善計画。利用者が静かに過ごしたことより、イベントの写真。

何も起きなかった一日は、成果物になりにくい。

しかし会議を一回開けば、日時、参加者、議題、議事録が残ります。

書類になる活動ほど、存在を認められるのです。

補助金という名のエサ

そこへ、ときどき補助金が登場します。

「新しい取り組みを行う施設を支援します」

ありがたい話です。

人手不足です。設備も古い。使えるお金があるなら、施設としては申請したい。

ただし、補助金には当然、条件があります。

計画書を出してください。
実施記録を残してください。
効果を測定してください。
終了後に報告書を提出してください。

担当者を決め、必要なら写真も添えます。行政から修正依頼が来れば、それにも対応しなければなりません。

人手不足を解消するための補助金を申請するために、残っている職員の仕事が増えることがあります。

新しい機器が導入されても、それで終わりではない。説明会を開き、使用記録をつけ、効果を検証する仕事が残ります。

行政は事業を実施した。
施設は補助金を獲得した。
現場には新しいチェック表が残った。

補助金は、仕事を減らすためのお金とは限りません。

新しい仕事を始め、その仕事を実施した証拠を作るためのお金になることがあります。

もちろん、補助金や報告義務がすべて無駄だという話ではありません。

公費を使う以上、確認は必要です。安全や虐待防止に関する記録も欠かせない。

問題は、報告できる活動ばかりが増え、報告しにくい本業が後回しになることです。

善意の三段ロケット

こうして見ると、「ためにする仕事」は誰か一人の悪意で生まれているわけではありません。

行政は、施設を良くしたい。
経営側は、制度に対応し、補助金も活用したい。
企画好きの職員は、利用者に喜んでもらいたい。

全員、たぶん善意です。

行政から経営側へ、経営側から企画を立てる職員へ、そして最後は準備と記録を担う現場へ。善意は上から順に降りてきます。

善意の三段ロケットです。

打ち上げる人は達成感を得ます。

地上には、燃え殻と報告書が残ります。

しかも、現場が疲れてくると、今度は、

「職員の負担軽減について改善策を考えましょう」

という新しい会議が始まります。

問題がないので、問題を探す。
問題を見つけたので、改善活動を始める。
改善活動が増えたので、職員が疲れる。
職員の疲労が、新たな問題になる。
新たな問題を解決するために、さらに改善活動を行う。

立派な永久機関です。

「面倒くさいだけだろ」

こういう話をすると、言われます。

「要するに、面倒くさいだけだろ」

おっしゃる通りです。

面倒くさい。

イベントを考えるのも、飾りを作るのも、補助金の報告書を書くのも面倒くさい。

だからこそ、その面倒に見合う効果があるのかを聞いているのです。

面倒でも必要な仕事はあります。

記録、確認、研修、事故防止。面倒だから省いてよいわけではありません。

一方で、問題点の欄を埋めるために問題を探し、活動件数を作るために企画を始め、補助金を受けるために新しい管理業務を増やす。

これは、面倒なうえに、目的まで怪しい。

しかし、「面倒くさい」と口にした瞬間、怠け者の側へ分類されます。

向上心がない。
協調性がない。
利用者のことを考えていない。

ずいぶん重い罪です。

ただ、現場の「面倒くさい」は、単なる怠慢とは限りません。

仕事と効果が釣り合っていないことや、始める人と負担する人が違うことを知らせる、最初の警告音かもしれない。

本来の仕事が圧迫され、誰のための活動か分からなくなっているとき、人はまず「面倒くさい」と感じます。

その雑な言葉を、向上心不足として片づけない方がよいこともあります。

何もしないという成果

新しいことを始める人は、前向きに見えます。

やめようと言う人は、後ろ向きに見える。

行政に提出する書類でも、

「新たな取り組みを実施しました」

は書きやすい。

「今年度は、必要性を検討した結果、何も始めませんでした」

では、あまり格好がつきません。

しかし、本当に難しいのは、始めることより、やめることです。

この会議は必要か。
このイベントは誰が望んでいるのか。
この報告書は誰が読むのか。
この補助金は、申請事務や維持管理を含めても得なのか。
昨年と同じでは、なぜいけないのか。

こうした問いを口にすると、場の空気は少し悪くなります。

やる気のある人が、こちらを見るからです。

それでも聞いた方がいい。

改善とは、何かを増やすことだけではありません。

やらなくてよいことを、やらないと決めることも改善です。

特に、人の暮らしを支える現場では、何も起きない一日には価値があります。

利用者が体調を崩さず、事故もなく、職員も余計な仕事に追われず、昨日と同じように一日が終わる。

写真には残りません。
活動実績にも書きにくい。
補助金の対象にもなりません。

しかし、それは失敗ではない。

むしろ、かなり立派な成果です。

「今年は新しいことをしません」

そう言える人が、一人くらいいてもいい。

もっとも、そんな提案をすると、

「では、業務削減プロジェクトのリーダーをお願いします」

と任命されるかもしれません。

やらないための会議が、また一つ増えます。


本ブログでは、日常やビジネスに潜む構造を観察しています。これらの思考の土台となった、実際の紛争における人間観察と実務の全記録は、noteに収録しています。事象を抽象化し、構造として捉えるための参考資料としてご活用ください。

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この記事を書いた人

金融の現場で30年以上、貸す・回収する・法的手続を扱う側として働いてきた主任研究員。腑に落ちないことをそのままにできない性分。当研究所ではDr.ホワイト所長の監督のもと、制度・書面・権利回復に関する実務知識を発信しています。

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