米国の雇用統計が強かった。
株価が上がった。
「米国経済の底堅さが確認され、景気後退懸念が後退したことから買いが優勢となりました」
なるほど。
翌月。
また雇用統計が強かった。
今度は株価が下がった。
「労働市場の強さを受けてFRBによる利下げ観測が後退し、長期金利が上昇したことから株式市場には売りが広がりました」
なるほど。
さらに翌月。
雇用統計が弱かった。
株価が上がった。
「労働市場の減速を受けて利下げ期待が高まり、株式市場には買いが入りました」
なるほど。
さらに弱くなって、今度は株価が下がった。
「景気後退への警戒感が強まり、リスク回避の動きが広がりました」
なるほど。
……。
全部なるほどでいいのか。
雇用統計が強くても上がる。
強くても下がる。
弱くても上がる。
弱くても下がる。
これなら、だいたい何が起きても説明できます。
もちろん、今挙げた説明が間違っているという話ではありません。
そこが、この話のややこしいところです。
材料は全部、本物である
FRB。
FOMC。
CPI。
雇用統計。
長期金利。
ISM。
PMI。
為替。
原油価格。
企業業績。
地政学リスク。
投資系の動画や市況解説を見ていると、こうした言葉が次々に出てきます。
なんだか頭が良くなった気がします。
実際、どれも市場を見るうえで重要な材料です。
CPIはどうでもいい。
FOMCなんか見る必要はない。
雇用統計と株価には何の関係もない。
そんなことを言うつもりはありません。
問題は別のところにあります。
市場に影響する材料を知っていることと、その材料を使って値動きを予測できることは同じではありません。
ここが、いつの間にか混ざります。
「昨日、なぜ株価が上がったのか」を上手に説明できる人を見る。
↓
この人は市場をよく分かっている。
↓
それなら、この人は明日の市場も分かるだろう。
知らないうちに三段跳びしています。
しかも踏み切り板がありません。
相場は、終わったあとなら実に賢く説明できる
結果を知ったあとでは、
「そうなると思っていた」
「考えてみれば当然だった」
と感じやすくなります。
心理学でいう後知恵バイアスです。
サッカーの試合が終わったあとなら、
「あの時間帯に中盤が間延びしたのが敗因でしたね」
と言えます。
野球なら、
「あそこで送りバントではなく強攻策を取るべきでした」
と言える。
相場も同じです。
結果が分かってからチャートを眺めると、理由らしいものが実によく見つかります。
しかも金融市場には、理由の候補が山ほどあります。
株価が上がった。
CPIかもしれない。
金利かもしれない。
為替かもしれない。
企業決算かもしれない。
単なる需給かもしれない。
前日まで売られすぎていた反動かもしれない。
それらが全部少しずつ効いたのかもしれない。
その中から、もっとも説得力がありそうなものを選ぶ。
すると翌朝には、
「昨日の米国市場は、○○を好感して上昇しました」
という立派な文章が完成します。
嘘ではありません。
ただし、
それが唯一の原因だったかどうかは、また別の話です。
相場は、人間ほど親切に動機を供述してくれません。
私はこの話をYouTubeで初めて聞いたわけではない
こういう相場解説は、別にYouTubeが発明したものではありません。
金融機関にいれば、昔から何度となく聞きます。
資産運用研修。
市場部門の説明会。
証券会社の講師を招いた勉強会。
スクリーンにはチャートが映ります。
米国10年債利回り。
FF金利。
ドル円。
NYダウ。
S&P500。
そこへ矢印が入り、
「ここで市場が利下げを織り込み始めました」
などと説明される。
なるほど。
世界経済の歯車が見えたような気になります。
そして最後に、
「今後はFOMCと雇用統計の動向が重要になります」
と締められる。
半年たつ。
予想していたのとは違うことが起きる。
すると次の研修では、
なぜ予想と違うことが起きたのかを、とても分かりやすく説明してくれる。
なるほど。
やっぱり先生は詳しい。
……いや、ちょっと待て。
半年前の話はどこへ行った。
外したことより、外れた予想が消えることの方が気になる
私は、相場予想が外れること自体を責めたいわけではありません。
相場なんて外れます。
中央銀行だって将来を完全には読めません。
プロの投資家だって外します。
そこを、
「先生、外しましたよね。ほら、インチキだ」
とやるのは簡単です。
それではただの意地悪です。
むしろ気になるのは、
外れた予測が、次のきれいな説明によって上書きされてしまうことです。
本来なら、
「あのときはAが起きればBになると考えていた」
「ところがBにはならなかった」
「では、何を見落としていたのか」
と検証するところです。
ところが相場は毎日動きます。
新しいFOMCが来る。
新しいCPIが出る。
新しい雇用統計が出る。
新しい地政学リスクが起きる。
説明すべき新しい出来事が次々に供給されます。
昔の予想を検証している暇がない。
昨日の物語が終わる前に、今日の物語が始まる。
これは大変便利です。
「シナリオ」と「予測」は違う
だから、相場解説を聞くときには、
「この人は正しいか、間違っているか」
よりも、
これはシナリオの話なのか、予測の話なのか
を分けて聞いた方がいいと思います。
たとえば、
「雇用統計が強ければ、利下げ期待が後退して株価の重しになる可能性があります」
これはシナリオです。
十分あり得ます。
一方、
「雇用統計が強いので株価は下がります」
となると、話が一段変わります。
なぜなら市場は、
「雇用が強い。景気がいい。買いだ」
と反応するかもしれないからです。
もっと言えば、
雇用統計が強いこと自体より、
市場予想よりどのくらい強かったか
が重要になることもある。
さらに、
その数字を市場がすでにどこまで織り込んでいたか。
FRBが何を重視しているか。
インフレの状況はどうか。
企業利益はどうか。
全部絡む。
そうなると、
「雇用統計を見れば株価が読める」
ほど話は簡単ではありません。
当然です。
それができるなら、雇用統計の発表日は全員大金持ちです。
頭が良さそうな説明ほど、一つだけ確認する
そこで私は、相場解説を見るときに一つだけ意地の悪いことを考えるようにしています。
「それ、結果が出る前にも言っていましたか」
これです。
昨日、
「雇用統計が強ければ景気の底堅さが評価されて株価は上がる」
と言っていた。
そして実際に上がった。
それなら筋が通っています。
外れても構わない。
少なくとも、事前に立てたシナリオを検証できます。
ところが、
株価が上がったあとで、
「雇用統計が強かったからです」
と言われても、
それだけでは予測能力については何も分かりません。
説明能力があることは分かります。
これはこれで重要です。
ただし、説明能力と予測能力は別です。
銀行で言えば、
融資先が倒産したあとに、
「実は売上依存度が高く、資金繰りにも脆弱性がありました」
と完璧に説明されても困ります。
それ、稟議のときに言ってくれ。
という話です。
経済指標を見るな、ではない
ここまで書くと、
「じゃあFOMCもCPIも見る意味がないのか」
と思われるかもしれません。
逆です。
見ればいいと思います。
金利と株価がどう関係するのか。
インフレが金融政策にどう影響するのか。
景気と企業利益がどうつながるのか。
知っておいた方が、世の中はずっと面白くなります。
ただし、
経済指標を知った自分が、急に相場を読めるようになったと思わない。
ここだけは分けておく。
FOMCを一度見た。
CPIも確認した。
雇用統計も予想値と比較した。
米国10年債利回りまで見た。
なんだか分かってきた。
危ない。
頭の中に小さなFRB議長が住み始めています。
相場を説明できる人より、説明できない部分を残す人
個人的には、相場について何でも説明できる人より、
「ここはよく分かりません」
と言える人の方を少し信用します。
市場には何万人、何百万人という参加者がいます。
それぞれ違う理由で売買しています。
同じニュースを見て、
「買いだ」
と思う人もいれば、
「売りだ」
と思う人もいる。
それが一つの価格になります。
その複雑な結果を、
「昨日上がった理由はこれです」
と一本の矢印で説明できる方が、むしろ不思議です。
相場には、説明できる部分があります。
説明しきれない部分もあります。
そして未来については、さらに分からない。
たぶん、そのくらいでちょうどいい。
なお、ここまで読んで、
「なるほど。次からはFOMCとCPIと雇用統計に加えてISMも見よう」
と思った方。
増やす話ではありません。
このブログ「Kazc’s Laboratory」では、身のまわりの出来事を、経営学・ゲーム理論・法律といった道具で観察しています。所長はクリーム色のチワワです。
こうした見方の“元ネタ”になったのが、私が実際に経験した裁判です。その全記録――本物の準備書面や答弁書つき――は、note『裁判闘争記』にまとめています(一部有料)。原理はこのブログで、実戦はあちらで。

コメント