一歩間違えば、ただの危ない男の話なのに——劇団四季『オペラ座の怪人』を観てきました

10月24日、名古屋で劇団四季の『オペラ座の怪人』を観てきました。

ストーリーは知っています。

映画も観ています。

だから今回は、話を追うというより、舞台ではどう見せるんだろう、というくらいの気持ちで座っていました。

ところが終わってみると、まだ頭の中で鳴っています。

あのパイプオルガンが。

ダーン、ダダダダダーン。

反則です。

目次

地下湖、そう見せるのか

いちばん「おお」と思ったのは地下湖でした。

映画なら何でもできます。

巨大な地下空間を作って、霧を出して、水を張って、カメラを好きなところへ動かせばいい。

しかし舞台はそうはいきません。

目の前にあるのは、どう見ても劇場の舞台です。

そこからクリスティーヌとファントムが地下へ降りていく。

鏡を抜ける。

暗くなる。

燭台が現れる。

霧が出る。

そしてボートが進む。

「ああ、こうやって地下湖にするのか」

思わず、物語とは別のところで感心してしまいました。

仕掛けがまったく分からないわけではありません。

むしろ、ある程度は分かる。

それでも地下湖に見える。

舞台というのは不思議なものです。

CGで完璧な地下湖を見せられるより、「これは舞台装置です」と分かっているものを地下湖として受け入れてしまう方が、なぜか楽しい。

そして、あのパイプオルガンです。

ダーン、ダダダダダーン。

はい、地下です。

強引です。

でも納得してしまう。

反則です。

「どんな話かサッパリわからない」

幕間になりました。

すると前の席に座っていた方が、連れの人に言いました。

「どんな話かサッパリわからない」

思わず、そうだよなあ、と思いました。

私は映画を観ていたので、何の疑問もなく見ていました。

でも何も知らずに観たら、かなり厳しい。

冒頭はいきなりオークションです。

老人が出てきます。

この老人が誰なのか、ほとんど説明されません。

そしてシャンデリア。

あのパイプオルガンが鳴り、舞台が華やかになります。

しかも、あのシャンデリアが持ち上がるのと一緒に、古びた劇場まで蘇ります。

時間が遡ったことを、舞台そのもので見せる。

見事です。

ただ、説明はしません。

知っている側は、

「おお、来た」

となります。

知らない側は、

「何が起きた?」

かもしれません。

しかも最初の老人がラウルだということすら、気づかない可能性があります。

そのあとクリスティーヌは鏡の向こうへ行きます。

ファントムについていきます。

いつの間にか地下です。

船まで出てきます。

知っていれば、

「オペラ座の地下へ降りているんだな」

で済みます。

知らなければ、

「この人たちはどこへ行った?」

です。

『オペラ座の怪人』。

音楽だけが有名になりすぎています。

曲を知っているから、作品まで知っているような気がしてしまう。

でも実際の舞台は、案外不親切です。

あらすじくらいは、入れておいたほうがいい。

話だけ取り出したら、それほどでもない

そして観終わったあと、妙なことにも気づきました。

物語だけを取り出してみると、そこまで特別な話ではありません。

醜さゆえに地下に隠れて暮らす天才。

才能ある若い女性。

幼なじみの好青年。

三角関係。

嫉妬。

執着。

悲恋。

一歩間違えば、というより、かなりのところまで行けば、ファントムは普通に危ない人です。

監視する。

脅す。

誘拐する。

殺す。

現代なら、なかなかの案件です。

ところが。

『The Music of the Night』が流れると、話が変わる。

あれは何なんでしょう。

やっていることだけ見れば、

「お前、それはダメだろう」

なのに、あの曲が流れると、

「でも、この人はずっと一人だったんだな」

と思ってしまう。

危ない。

非常に危ない。

観客まで術にかかっています。

ラウル、お前も結構強いぞ

ではラウルは安全か。

『All I Ask of You』を聴いていると、これもなかなかです。

守る。

そばにいる。

怖がらなくていい。

自分を信じてほしい。

ファントムよりは、はるかにまともです。

しかし冷静に言葉だけ拾っていくと、

「ラウル、お前も結構強いこと言うな」

となります。

ただ、ファントムの歌と違うのは、クリスティーヌも歌い返すことです。

一方は自分の世界へ連れていく歌で、もう一方は二人で歌う。

その違いは、やっぱり大きい。

しかもそれを、ファントムが聞いている。

ものすごく切ない。

結局この作品は、言葉だけでは成立しないのでしょう。

音楽が入った瞬間に、感情の意味が変わる。

ファントムが歌えば、執着が孤独に聞こえる。

ラウルが歌えば、強い言葉が安心に聞こえる。

話の筋は単純なのに、音楽が入ると急に割り切れなくなります。

しかも、劇団四季では日本語で歌われます。

英語の歌詞をそのまま聴いているわけではありません。

それでも、術にはちゃんとかかりました。

言葉が変わっても、音楽が感情を運んでしまう。

やっぱり反則です。

同じ『Think of Me』なのに

もう一つ面白かったのが、『Think of Me』です。

最初にカルロッタが歌う。

うまい。

堂々としている。

「私を見なさい」

という歌に聞こえます。

ところがクリスティーヌが歌うと、同じ曲なのに印象が変わる。

「私を思い出して」

になる。

もちろん、これは私の受け取り方です。

でも同じ曲を二人に歌わせるだけで、

「ああ、ファントムがこの子を選んだ理由はこれか」

と分かる。

説明はいりません。

歌わせればいい。

それを一曲でやってしまう。

よくできています。

1986年のロンドン初演でクリスティーヌを演じたのが、サラ・ブライトマンです。

しかも、この役自体がアンドリュー・ロイド=ウェバーによって、当時の妻だったブライトマンの声を念頭に書かれたものでした。

舞台の中では、クリスティーヌが『Think of Me』を歌い、一気に注目を集める。

現実では、その役を演じたブライトマン自身が、この作品を大きな飛躍のきっかけにしていく。

少しだけ、劇中と現実が重なります。

それでも最後に残ったのは物語ではなかった

シャンデリアもすごかった。

地下湖もよかった。

『Masquerade』も華やかでした。

歌も当然すごかった。

しかし数日たってみると、残っているのは意外に断片です。

あのパイプオルガン。

燭台。

仮面。

地下湖。

『The Music of the Night』。

『All I Ask of You』。

そして『The Phantom of the Opera』。

私は今回、ストーリーを知ったうえで観ました。

それでよかったと思っています。

話を理解するために頭を使わなくていい。

その分、音楽や舞台や役者を見ることができました。

もし何も知らずに観ていたら、幕間で前の席の方と同じことを言っていたかもしれません。

「どんな話かサッパリわからない」

それでも音楽は残ったでしょう。

一歩間違えば、ただの危ない男の話です。

なのに、こんなに切ない。

カーテンコールでは、気がつけば立っていました。

人生で初めてのスタンディングオベーションでした。

観終わって三日たっても、まだ頭の中で鳴っています。

劇中では、ファントムはもう頭の中にいる、と歌われます。

本当に、まだいます。

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この記事を書いた人

金融の現場で30年以上、貸す・回収する・法的手続を扱う側として働いてきた主任研究員。腑に落ちないことをそのままにできない性分。当研究所ではDr.ホワイト所長の監督のもと、制度・書面・権利回復に関する実務知識を発信しています。

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