1970年代の終わり頃、私はまだ小学生でした。
F1といえばタイレルP34。前輪が四つある。カッケエ。その程度の理解です。
そんな時代に、F1を題材にしたアニメがありました。
『アローエンブレム グランプリの鷹』。
私も見ていたはずなのですが、話の中身はほとんど覚えていません。
ただ、妙な記憶だけ残っていました。
「確か、八輪のF1が出てこなかったっけ?」
調べてみると、記憶は正しかった。
第11話のタイトルが、もう素晴らしい。
「おれのF1 8輪車」
本当に八輪でした。
六輪がすごい。では八輪だ
おそらく当時の子供には、これで十分説得力がありました。
現実のF1ではタイレルP34が六輪で走っている。
主人公のマシンなのだから、それを超えなければならない。
ならば八輪。
実に正しい。
いや、正しくないのですが、少年アニメとしては正しく暴走しています。
しかも面白いことに、「多輪のF1」という発想そのものは、それほど荒唐無稽ではありませんでした。
P34は実際にグランプリを勝っています。その後もマーチやウィリアムズなどが、多輪F1を本気で試しました。後に規則で車輪数が四つに限定されますが、それ以前には「車輪を増やしたら何かいいことがあるんじゃないか」と、現実のF1でも本気で考えていた時代がありました。
問題は、八輪にした後です。
子供の頃の私は、
「八輪、カッケエ」
で済みました。
大人になると、余計なことを考えます。
これ、どうやって曲げるんだ?
大人になるとデファレンシャルが気になる
初期のトドロキスペシャルを見ると、前に四輪、後ろにも四輪あります。
後輪側は左右それぞれ二本が横に並んだ、いわば大型トラックのダブルタイヤを連想させる配置です。
同一軸に二本並べただけなら、まだ話は分かります。トラックでも普通に使われる方式で、二本のタイヤの間にいちいちデファレンシャルを入れる必要はありません。
しかし、前輪は二軸四輪。
こいつらをどう操舵するのか。
二つの前軸を適当に同じ角度だけ切ればいいわけではありません。コーナーではそれぞれが異なる円弧を描くので、ちゃんと舵角を作らないとタイヤ同士が喧嘩します。
タイヤが多いからグリップも倍。
そんな単純な話でもありません。
そして制作側も、さすがに何かがおかしいとは気づいたらしい。
高速サーキットへ行くと、後輪が横並びなので空力的に不利だ、という問題が出てきます。
第20話では、その対策として高速コース用のトドロキスペシャルT3を開発し、イタリアGP(モンツァ)へ持ち込みます。
いや、待て。
開発が早すぎる。
後輪の配置を変えるというのは、リアウイングを薄くしました、という話ではありません。
もし前後に並ぶ二つの後軸をともに駆動するなら、ギアボックスから二軸へどうトルクを送るのかという話になります。
軸間の回転差はどうする。
センターデフは。
トルク配分は。
LSDは。
ドライブシャフトは。
サスペンションは。
ブレーキ配分は。
そして、それをいつテストした。
モンツァ対策でリアウイングを交換したのではありません。
モンツァ対策で駆動系を根本から作り直している。
香取モータース、恐るべし。
さらにウイングまで動かし始める
八輪だけでも運転が大変そうなのに、鷹也の仕事はまだ増えます。
第18話では、トドロキスペシャルに前後の可変式ウイングスポイラーまで装備されます。航空機の翼からヒントを得たという設定です。
直線では空気抵抗を減らしたい。
コーナーではダウンフォースが欲しい。
発想そのものは分かります。
問題は、それを走行中にやることです。
鷹也は八輪車を操舵し、ブレーキングし、シフトチェンジしながら、さらに空力まで面倒を見ることになる。
忙しい。
ここまでやるなら、せめてトランスミッションくらい自動化してやればいい。
ところが、そちらには行かなかった。
これがまた面白い。
F1でステアリングから手を離さず変速できるパドル式セミオートマチックを実戦投入したのは、1989年のフェラーリ640でした。フェラーリではそれ以前から似た発想を検討していたものの、当時の技術では実用化が難しかったとされています。
つまり『グランプリの鷹』とそう遠くない時代に、「変速操作を楽にできないか」という発想自体は現実のF1にもあった。
なのにこのアニメは、八輪化や可変ウイング、高速コース用の車輪配置変更まで思いついているのに、なぜかドライバーの変速操作を楽にする方向には行かなかった。
たぶん理由は簡単です。
オートマチック・トランスミッションは、絵にしてもあまりすごそうに見えない。
タイヤが八個なら、小学生にも分かる。
ウイングがガチャガチャ動けば、もっと分かる。
「クラッチ操作を自動化しました」と言われても、1977年のはなたれ小学生は困ります。
ところが未来のF1が追いついてきた
ここまでなら、
「昭和のアニメは無茶だったなあ」
で終わる話です。
ところが2026年。
F1は前後のウイングを走行中に動かすアクティブエアロを導入しました。
直線では空気抵抗を減らし、コーナーではダウンフォースを確保する。
あれ。
それ、どこかで見たぞ。
1977年。
鷹也は飛行機の翼を見て、前後可変ウイングを思いついた。
それから半世紀近く経って、F1も前後のウイングを走行中に動かすようになった。
もちろん、『グランプリの鷹』が現代F1を予言した、などと言うつもりはありません。
でも、並べると妙におかしい。
変速操作の自動化は、その後実現した。
複数輪へのトルク配分を高度に制御する技術も、今では珍しくありません。
走行中の可変空力まで、とうとうF1に入った。
そして、最後まで戻ってこなかったものがある。
八輪である。
そこだけは、やっぱり要らなかったらしい。
そして、八輪車は勝ってしまう
しかもトドロキスペシャルは、散々いじり倒された末に、日本GPでGP初優勝までしてしまいます。
八輪で始まり、問題が出れば改良し、可変ウイングまで載せ、高速コース用には車輪配置まで変更する。そのシーズン中に、とうとう勝ってしまう。
香取モータースの開発速度を考えると、フェラーリやロータスよりこちらの方がよほど恐ろしい。
そして、その日本GPを描いた回で、鷹也は車大作からこう叱られます。
「キミはマシンを玩具にした!」
八輪F1を作ったアニメに、それを言われる。
四十数年ぶりに思い出した『グランプリの鷹』。
子供の頃は、「八輪、カッケエ」で終わっていました。
大人になって見直すと、センターデフやらトルク配分やらレギュレーションやら、余計なことばかり気になります。 大人になるというのも、考えものです。
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