大河ドラマを見ていると、ときどき不思議になる。
戦国武将は、どうしてこんなに平和主義者ばかりなのだろう。
「戦のない世を作りたい」
信長も秀吉も家康も、主人公や主人公に近い位置へ来ると、だいたいこの方向へ寄っていく。
もちろん、戦乱が続けば領国経営もままならない。天下を統一し、勝手な私戦を禁じることは、結果として平和につながる。
しかし、それと現代的な意味での平和主義は別の話だろう。
戦国武将たちは、それぞれ自分の家を守り、領地を広げ、敵を倒し、主家の中で出世しようとしていたはずだ。その利害がぶつかり合った結果として戦争が起き、最後に一人の権力者がそれを押さえ込んだ。
それでいいのではないかと思う。
ところがドラマになると、しばしば因果関係が逆になる。
平和な世を作りたい。
だから天下を取りたい。
そのためには戦わなければならない。
こうすると、毎週のように合戦をしている主人公も、最後まで平和主義者でいられる。
本来なら、
天下を取りたい。
そのために戦う。
天下を取った結果、戦を抑える仕組みが必要になる。
くらいでもよさそうなものだ。
しかし、それでは主人公の動機が少し俗っぽい。
そこで順序を入れ替える。
野心から始まった天下取りを、平和という目的から逆算された行動にする。
便利ではある。
そして私は、そろそろこの構図に飽きてきた。
なぜ大河の主人公は平和主義者になるのか
これは脚本家が安易だから、と言ってしまえば簡単である。
しかし、おそらくもう少し構造的な問題なのだと思う。
大河ドラマは一年間続く。
日曜の夜、全国の茶の間に届けられる。
その中心にいる主人公を、視聴者には一年間見続けてもらわなければならない。
そこで、
「もっと偉くなりたい」
「領地が欲しい」
「家を大きくしたい」
「邪魔な奴を潰したい」
だけで主人公を四十数回走らせるのは、作り手にとってかなり怖いのではないか。
だから主人公には、それらを包む大義が必要になる。
民を救いたい。
戦を終わらせたい。
誰もが笑って暮らせる世を作りたい。
そうしておけば、主人公が戦を仕掛けても、城を落としても、政敵を排除しても、
「戦を終わらせるために、やむなく戦っている人」
でいられる。
大河ドラマという器そのものに、権力者のエゴを公益へ翻訳しようとする力が働いているのかもしれない。
だとすれば、『鎌倉殿の13人』が異様だった理由も分かる。
あの作品は、その翻訳をかなりのところで拒んだからである。
秀吉は、本当に「信長の遺志」を継いだのか
『豊臣兄弟!』は面白く見ている。
ただ、第30回「清須会議」まで来て、どうしても引っかかるものがある。
秀吉が信長を敬愛していた、という人物造形そのものに異論があるわけではない。
自分を取り立て、才能を認め、途方もないところまで引き上げてくれた主君である。信長に強い敬意を抱いていたとしても不思議ではない。
しかし、
「信長を敬愛していた」
と、
「織田家の忠臣として、信長の遺志を継いだ」
は同じではない。
本当に後者なら、信長と信忠が死んだあと、秀吉は信忠の嫡男である三法師、のちの織田秀信を主君として支え続けたはずである。
実際にはそうならなかった。
やがて秀吉自身が天下人となり、織田家の嫡流だった秀信は豊臣政権下の一大名になった。
主従はいつの間にか逆転している。
だから私は、清須会議を最初から周到に仕組まれた「織田家乗っ取り計画」だったとまで言うつもりはない。
そんな十年先まで全部読んでいたとすれば、それはそれで秀吉を天才軍師にしすぎだろう。
もっと俗っぽかったのではないか。
光秀を倒した。
自分の発言力が一気に上がった。
勝家より優位に立てそうだ。
さらに上へ行けそうだ。
一つ勝てば、次が見える。
その繰り返しの中で、
「織田家を支える秀吉」
が、
「織田家より強い秀吉」
になり、最後には、
「織田家も自分の下に置く秀吉」
になった。
私はその方がずっと人間らしいと思う。
信長を好きだったこととも、何も矛盾しない。
「信長様はすごかった。そして、もういない。なら次は俺だ」
でもいいではないか。
『鎌倉殿の13人』は主人公を守らなかった
そこで思い出すのが『鎌倉殿の13人』である。
あの作品も、もちろん史実そのものではない。史料に残っていない人物の内面を大胆に創作しているし、事件への関与もドラマとして再構成されている。
それでも、私があの作品を面白いと思った理由がある。
主人公の北条義時を、最後まで善人のまま守らなかった。
物語の初めの義時は、むしろ権力闘争から距離を置きたい青年だった。
ところが鎌倉では、上総広常が死に、梶原景時が失脚し、比企が滅び、畠山重忠が討たれ、和田義盛が滅びる。
もちろん、これらすべてを義時一人が主導したわけではない。
重要なのはそこではない。
次々と人を呑み込んでいく鎌倉の権力闘争の中で、義時自身も次第にその仕組みを動かす側へ回っていったことである。
邪魔な者を排除する。
必要なら昔からの仲間も切る。
相手が正しいと分かっていても、政治的に邪魔なら潰す。
しかもドラマは、そのたびに、
「本当は優しい義時だった」
「鎌倉に平和をもたらすため、泣く泣く悪を引き受けた」
と帳尻を合わせなかった。
義時には「鎌倉を守る」という大義があった。
同時に、北条を守りたいという思いも、自分の権力を維持したいという欲もあった。
どこまでが公益で、どこからがエゴなのか。
後半になると、本人にも区別がつかなくなっていたように見える。
そこがよかった。
エゴを公益に翻訳しない
『鎌倉殿の13人』の人物たちは、だいたい自分の都合で動いていた。
北条は北条を守りたい。
比企は比企を大きくしたい。
三浦義村は三浦を生き残らせたい。
頼朝は源氏の政権を作りたい。
みんなで「戦のない世」を目指していたわけではない。
だから政治になった。
利己的な人間同士が、それぞれの利益のために手を組み、裏切り、争う。
その結果として鎌倉幕府という秩序ができていく。
ここで大事なのは、利己的に動くことと悪人であることは同じではない、ということだと思う。
人は自分の家族を守る。
自分の組織を守る。
自分の地位を守る。
自分が正しいと思う秩序を守ろうとする。
その中には善意もあるし、保身もある。
大義もあるし、欲もある。
現実の人間は、それらをきれいに仕分けて生きてはいない。
『鎌倉殿の13人』は、その混ざった状態を無理に整理しなかった。
義時のエゴを「実は鎌倉のためでした」と公益に翻訳しなかった。
だから、あれほど人間臭かったのだと思う。
秀長もまた、豊臣政権の当事者だった
そして、『豊臣兄弟!』で気になるのは秀吉だけではない。
考えてみれば、このドラマの主人公は秀長である。
秀長という人物は、ドラマにとってかなり使いやすい。
秀吉が権力に取り憑かれていく。
その横で秀長が、
「兄者、わしらが目指したのはこんな世ではなかったはずじゃ」
と諫める。
そうしておけば、秀吉は多少汚しても構わない。
主人公の秀長は最後まで良識ある人物でいられる。
そして秀長が死んだあと、
「小一郎がいなくなって、兄は変わってしまった」
とすれば、朝鮮出兵や秀次事件といったその後の暗部も、主人公から切り離しやすい。
ドラマとしては、とても便利な構図である。
ただ、秀長は豊臣政権の外側から兄を批判していた人ではない。
兄とともに政権を作った当事者である。
紀州にも四国にも九州にも兵を進めた豊臣政権の中枢にいた。
兄の野望を止めるためだけに、そこにいたわけではないだろう。
ときには兄弟二人で、
「ここは攻めるしかない」
「こいつは残しておくと後が面倒だ」
「今のうちに潰しておこう」
くらいの話もしたのではないか。
もちろん、それを裏づける記録が一つ一つ残っているわけではない。
だからこそ、歴史ドラマには創作の余地がある。
その空白を、
「秀長はいつも兄を止めていた善人」
で埋める必要もないはずだ。
秀吉がアクセルで、秀長がブレーキ。
それだけではなくてもいい。
秀吉が考えたことを現実に動かせる形にする。
兄より冷静に、しかし時には兄以上に現実的な判断をする。
そんな秀長だってあり得る。
『鎌倉殿』を見てしまったから
もちろん、まだ『豊臣兄弟!』は途中である。
これから秀吉や秀長がどう描かれるのかは分からない。
現時点で、
「このドラマは最後まで兄弟を善人として擁護する」
と決めつけるつもりもない。
ただ、大河ドラマという器は、放っておけば主人公のエゴを公益へ翻訳する方向に働きやすい。
まして秀長は、このドラマの主人公である。
その意味では、秀長を最後まで良心として描く方が、たぶんずっと作りやすい。
それでも私は、そこから少し外れた秀長を見てみたい。
これから秀吉は織田家中の主導権を握り、自分の政権を作っていく。
秀長はそのすぐ横にいる。
そのとき、このドラマは秀長をどう描くのだろう。
兄が汚れていくたびに、秀長をその外側へ逃がすのか。
それとも秀長自身も、天下取りの当事者として、ときには冷酷で、ときには計算高く、ときにはかなり嫌な判断をするのか。
『鎌倉殿の13人』は、一度それをやってしまった。
大河ドラマという枠の中でも、主人公を善人のまま守らなくていい。
主人公のエゴを、いちいち公益へ翻訳しなくてもいい。
善人だから感情移入するのではない。
どうしてその人間がそこまで来てしまったのかが分かれば、たとえ嫌な人間になっても目を離せない。
北条義時がそれを証明した。
だから『豊臣兄弟!』にも期待している。
兄が野心家で、弟がその良心だった。
そんなきれいな兄弟でなくてもいい。
兄弟そろって欲深くていい。
兄弟そろって計算高くていい。
兄弟そろって、ときにはえげつなくてもいい。
その二人が手を組んで天下を取った。
その方が、「豊臣兄弟」という題には似合っている気がする。
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