更生上等、だそうです
2026年8月、法務省がNetflixの恋愛リアリティ番組『ラヴ上等』シーズン2とのタイアップを発表しました。
更生保護の啓発が目的で、ポスターには「更生上等!!」という威勢のよい言葉が踊っていました。
ところが、8月11日に配信された第5話で、出演者が過去に人に火をつけたという趣旨の発言をしたことが問題となり、批判が噴出。法務省は8月21日、タイアップの取りやめを発表しました。
なんとも間の抜けた話です。
法務省は、犯罪や非行から立ち直ろうとする人の姿が、更生保護の理念に通じると考えたそうです。
なるほど。言いたいことは分かります。
しかし、そもそも更生とは何でしょう。
少なくとも、かつての悪行が見せ場になることではないはずです。
しかも法務省は、完成した作品を事前に確認したうえで、タイアップを決定したと説明しています。
問題となった場面をどのように評価したのかは分かりません。
だからこそ、聞きたいのです。
いったい何を確認し、何を考えて、この企画を通したのでしょうか。
昔から、どうにも腑に落ちなかった
私が若い頃、『目撃!ドキュン』というテレビ番組がありました。
いわゆるヤンキーや、波瀾万丈の人生を送った人々を取り上げる番組です。
ああいう番組が、私は昔から苦手でした。
かつて非行に走った若者が、さまざまな経験を経て立ち直る。
涙を流し、周囲の人々が励まし、感動的な音楽が流れる。
よかったですね。
それは結構なことです。
ただ、私はいつも思っていました。
最初から道を外れず、ただただ淡々と穏やかに生きてきた人の方は、どうなるのでしょう。
他人を殴らない。物を盗まない。人を脅さない。
そんなことは当たり前だと言われるでしょう。
そのとおりです。
しかし、その当たり前を何十年も続けている人は、世の中に大勢います。
ところが、その人たちの人生には劇的な展開がありません。
昨日もまじめに働き、今日もまじめに働き、明日もおそらく同じように暮らす。
テレビ的には、まことにつまらない。
一方、さんざん他人に迷惑をかけた人が、ようやく普通の生活を送るようになると、感動の物語が完成します。
なんだか、妙な話ではありませんか。
マイナス100からマイナス30へ
ここで、少し数字を使って考えてみます。
もちろん、人間の価値を数値化できるわけではありません。あくまで改善の大きさを考えるための比喩です。
かつてマイナス100だった人が、努力してマイナス30まで改善したとします。
70ポイントの改善です。
大したものです。そこは評価してよいでしょう。
ただし、この数字は現在の人格の採点でも、被害者側に残った損失の残高でもありません。
本人の行動は大きく改善し、今では誠実に暮らしているかもしれません。
問題は、本人がどれだけ改善したかという話と、過去に生じた損失がどれだけ回復したかという話は、別の帳簿だということです。
少し会計の話をしましょう。
かつて多額の借金を返済できず、銀行に損失を与えた企業が、その後立ち直って黒字経営になったとします。
結構なことです。
しかし、債務者が黒字になったからといって、銀行が過去に計上した貸倒損失が自動的に消えるわけではありません。
償却済みの債権でも、後になって実際に回収できることがあります。その場合、回収額が「償却債権取立益」として計上されるわけです。
大切なのは、債務者の業績が改善したというニュースでは、銀行の損失は回復しないことです。
実際に回収して、初めて回収した分が戻ってくる。
人間に置き換えれば、この回収に当たるのが「償い」でしょう。
もちろん、金銭で償えば過去の被害がすべて消えるという意味ではありません。
それでも、立ち直った本人の努力と、被害を受けた人への償いが別物であることは分かります。
更生物語が好んで描くのは、債務者の再建です。
しかし、その再建によって、過去の損失を負担した側に何が戻ったのか。
そこは、あまり語られません。
マイナス100の損失は、誰が負担したのか
では、もう少し具体的に考えてみます。
マイナス100からマイナス30に改善した。
本人にとっては、素晴らしい変化なのでしょう。
では、マイナス100だった頃に生じた損失は、誰が負担したのでしょうか。
殴られた人がいるかもしれません。
脅され、怖い思いをした人がいるかもしれません。
学校に行けなくなった人や、その後の人生を大きく変えられてしまった人もいるかもしれません。
もちろん、これは個々の出演者について断定しているのではありません。更生を美談として語る際に、忘れてはならない問題です。
加害者が反省しても、被害者の損失が自動的に回復するわけではありません。
本人が涙を流したからといって、被害者の記憶が消えるわけでもありません。
ところが、更生を扱う物語では、どうしても立ち直った本人が主役になります。
苦しみ、悩み、仲間に支えられ、ようやく自分を取り戻す。
実に感動的です。
でも、ちょっと待ってください。
その物語の主人公がマイナス100だった頃、損失を負担した人の話は、どこへ行ったのでしょう。
私は、そちらを忘れたくありません。
不良漫画の方が、よほど分かっている
ちなみに、私は『東京卍リベンジャーズ』が好きです。
あれだけ不良の美談に文句をつけておきながら、勝手なものです。
特に好きなのが、ドラケンという登場人物です。
彼が仲間のマイキーに、こんなことを言います。
「下げる頭持ってなくてもいい 人を想う“心”は持て」
(和久井健『東京卍リベンジャーズ』第2巻・第12話)
敵対する暴走族、愛美愛主(メビウス)によって重傷を負わされた女性がいます。
ドラケンとマイキーは、彼女が入院している病院を訪れます。
怒りをぶつける被害者の父親に対して、ドラケンは頭を下げます。
ところが、女性を傷つけたのは愛美愛主であって、ドラケンたちではありません。
マイキーは、自分たちがやったわけでもないのに、なぜ頭を下げる必要があるのかと反発します。
それを諭したのが、先ほどの言葉でした。
これには、やられました。
ドラケンは、自分たちに直接の加害責任があるから頭を下げたのではありません。
不良の世界で起きたことによって、その外側にいる人間が傷ついた。
その現実を見ているのです。
誰がやったのか。誰の責任なのか。
それはもちろん重要です。
しかし、ドラケンが言っているのは、その議論に先立って、相手の痛みを理解する心を持てということでしょう。
自分たちの世界で何が起きたかより、その外側で誰が傷ついたのか。
不良漫画の登場人物が、そこをきちんと考えている。
現実の更生物語でも、まず考えてほしいのは、こういうことなのです。
更生を支援することと、英雄にすることは違う
誤解のないように書いておきます。
私は、更生そのものを否定しているわけではありません。
過去に罪を犯した人にも、社会復帰の道は必要です。
立ち直ろうとする人を支援し、再犯を防ぐ。これは社会にとって重要な仕事です。
更生した人を評価し、励ますことも必要でしょう。
実際、改善の努力を評価することが、その後の努力を続ける動機になる場合もあります。
再犯を防ぐためのインセンティブとして考えても、合理的です。
しかし、それは、更生した人を英雄のように扱うこととは別です。
支援すること、努力を評価すること、過去の悪行まで魅力として消費すること。
この三つは区別しなければなりません。
「昔は相当ヤンチャしていましてね」
そんな言葉を耳にすることがあります。
ヤンチャ。
なかなか便利な言葉です。
何をしたのか分からなくても、若気の至りのように聞こえます。
しかし、本人にとっての「ヤンチャ」が、誰かにとっては決して笑えない出来事だったかもしれません。
そこを曖昧にしたまま、武勇伝のように語ることには抵抗があります。
更生の努力を認めることに、私は異論がありません。
ただ、過去を美談にすることまで、更生支援の必要条件ではないと思うのです。
法務省は、何を称賛したかったのか
今回、法務省は批判を受けてタイアップを取りやめました。
その説明では、犯罪被害者の尊厳や心情への配慮と、加害者の更生支援の両立が必要だと述べています。
まったく、そのとおりです。
しかし、私はどうしても思ってしまいます。
そんなことは、タイアップする前から分かっていたでしょう。
更生保護を担当する法務省です。
犯罪被害者の存在を、一般の視聴者から指摘されて初めて思い出したわけでもないでしょう。
もし事前に考えていたのなら、なぜ今回の組み合わせが適切だと判断したのか。
ここを知りたいのです。
人気番組と組めば、若い世代にも更生保護を知ってもらえる。
広報としては分かりやすい発想です。
でも、注目されることと、正しく理解されることは違います。
むしろ今回の騒動で、法務省が伝えたかったはずの更生保護の意義は、どれほど伝わったのでしょうか。
「更生上等!!」
威勢は結構です。
しかし、まず必要なのは、地に足のついた更生保護の説明ではありませんか。
支える人には、見せ場がない
8月28日の法務大臣記者会見で、興味深い説明がありました。
犯罪被害者への配慮が足りないという批判に加え、更生保護に協力してきた人々からも懸念の声が寄せられたというのです。
そこには、民間ボランティアも含まれていました。
更生保護の現場には、保護司をはじめ、地域で立ち直りを支える人々がいます。
仕事や家庭生活を営みながら、対象者の話を聞き、相談に乗り、社会復帰を支えている人たちです。
もちろん、彼らが全員今回のタイアップに反対したわけではありません。
しかし、現場に近い立場からも心配の声があったという事実は、軽く扱えないでしょう。
考えてみれば、ここでも同じ構図があります。
立ち直った人の物語には、華やかな場面があります。
苦悩があり、涙があり、感動的な再出発がある。
一方、その人を長い時間支えてきた人々の仕事は、もっと地味です。
話を聞く。
必要なときに助言する。
ときには厳しいことも言う。
それを繰り返す。
劇的な場面がなくても、そこには確かな仕事があります。
しかし、カメラが追いかけるのは、たいてい立ち直った本人の方です。
誰も撮らない、普通の人生
私は、過去に問題を起こした人が立ち直ることを、喜ばしいと思います。
しかし、それを無条件に美談にすることには賛成できません。
更生は、過去を帳消しにする魔法ではありません。
本人の改善と、被害者への償いは別です。
そして、もう一つ。
最初から大きく道を外れることなく、他人に迷惑をかけまいと暮らしてきた人々がいます。
その人たちに特別な勲章を与えろと言っているのではありません。
ただ、劇的な改善を遂げた人にばかり拍手を送り、それまで誠実に生きてきた人々を、何の価値もないゼロとして扱ってほしくないのです。
派手な過去も、劇的な改心もない。
感動的な音楽が流れる場面もなければ、涙ながらの告白もない。
ただ、毎日を生きている。
そんな当たり前の積み重ねが、社会を支えています。
マイナス100がマイナス30になった。
それは、確かに前進です。
でも、そこで拍手喝采する前に、二つだけ聞かせてください。
マイナス100だった頃の損失は、誰が負担したのでしょう。
そして、ずっとマイナスにならずに生きてきた人たちは、なぜ物語の外にいるのでしょう。
参考資料
法務省「Netflixの『ラヴ上等』シーズン2と更生保護とのタイアップポスターについて」(2026年8月5日)
法務省「Netflixの『ラヴ上等』シーズン2とのタイアップについて」(2026年8月21日)
テレ朝NEWS「『ラヴ上等』炎上 法務省なぜコラボ?」(2026年8月19日)
和久井健『東京卍リベンジャーズ』第2巻・第12話、講談社
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