会社員を長くやっていると、ときどき不思議な言葉に出会います。
その一つが、
「経営者目線を持て」
です。
会社全体を考えろ。
自分の仕事だけを見るな。
コスト意識を持て。
当事者意識を持て。
なるほど。
言っていることは分かります。
ところが、ここに「位置」という考え方を持ってくると、少し妙なことになります。
その位置ではない。でも経営者目線を持て
識学を説明するとき、「位置」という言葉が出てきます。
誰が決めるのか。
誰が指示するのか。
誰が結果に責任を持つのか。
それを曖昧にしない。
ここまでは、よく分かります。
担当者が勝手に会社の方針を決めたら困る。
課長が社長のつもりで資金繰りを決めても困る。
部下が上司の権限を飛び越えて好き勝手に動けば、組織は回りません。
だから、
「あなたは、その位置ではありません」
という整理が必要な場面はある。
ところが同じような経営者が、別の日にはこう言います。
「もっと経営者目線を持ってほしい」
ん?
どっちなんでしょう。
経営者の位置に立ってはいけない。
でも、経営者の目線は持て。
決める権限はない。
人事権もない。
予算も自由には使えない。
会社全体の情報も持っていない。
でも、
会社全体のことを考えろ。
なかなか難しい注文です。
経営者目線を求めるなら、経営者権限もください
「経営者目線」という言葉には、便利なところがあります。
たとえば、社員が、
「この仕事、かなり手間がかかっています」
と言う。
すると、
「会社全体のコストを考えてください」
と言える。
社員が、
「この目標は現場では厳しいです」
と言う。
すると、
「経営者目線で考えてください」
と言える。
社員が、
「ここまで私が責任を負うんですか」
と言う。
すると、
「もっと当事者意識を持ってください」
と言える。
こうして見ていくと、ときどき「経営者目線」は、
権限を渡さずに、責任感だけ一段上へ引き上げる言葉
として使われています。
これはちょっと都合がいい。
本当に経営者と同じ目線を求めるなら、同じ情報を渡す。
一定の裁量も渡す。
失敗したときの責任も、上司が引き受ける。
成果が出れば、それなりに報いる。
そこまでセットでしょう。
ところが、
権限は上。
責任感は下。
となると、話が違ってきます。
決定権と発言権は違う
ここで混ぜてはいけないものがあります。
決定権と発言権です。
担当者には、会社全体の方針を決める権限はありません。
それは当然です。
でも、
「このやり方は現場では無理があります」
「この数字は少しおかしいです」
「このままだと顧客から苦情が出ると思います」
と伝えることまで、その人の「位置」を越えた行為なのでしょうか。
違うでしょう。
決めるのは上です。
しかし、
上が判断するための情報を持っているのは、下かもしれない。
ここを忘れると、「位置」という便利な言葉が、情報を止める壁になります。
現場は、数字より先に気づくことがある
銀行にいたころ、取引先がおかしくなる兆候は、必ずしも最初から決算書に出るわけではありませんでした。
社長の話し方が変わる。
資金繰りの説明が曖昧になる。
支払条件の話が増える。
従業員の出入りが激しくなる。
事務所の空気が変わる。
数字になる前に、
「なんか変だな」
があります。
職場も同じです。
人が辞める前に、兆候があります。
大きなトラブルになる前に、小さな違和感があります。
問題が外へ出る前に、
「このままで大丈夫なんですか」
と言う人がいます。
その人に、
「それを考えるのは、あなたの位置ではありません」
と言ってしまったら、どうなるでしょう。
たぶん、次から言わなくなります。
問題が解決したわけではありません。
報告が消えただけです。
静かな組織は、本当にいい組織なのか
誰も反論しない。
誰も不満を言わない。
会議は短い。
上司の指示はすぐ通る。
一見すると、とても効率的です。
でも、静かな理由は二つあります。
納得しているから、何も言わない。
もう一つは、
言っても無駄だから、何も言わない。
外から見ると、この二つはよく似ています。
ここを見間違えると危ない。
経営者は、
「ようやく組織が引き締まってきた」
と思っている。
現場は、
「クッソめんどくせえから、言われた通りにしておこう」
と思っているかもしれない。
さらに進めば、
「ここはこの数字にしておけば通る」
「余計なことは報告しないでおこう」
「この上司には、こう言っておけばいい」
と学習する。
統制が効いたのではありません。
面従腹背が上手になっただけです。
「悪い報告ほど早く」は、号令では作れない
経営者はよく、
「悪い情報ほど早く上げろ」
と言います。
その通りです。
でも、Bad News Firstは標語で作れるものではありません。
悪い話を持ってきた社員に、
「なんでそんなことになったんだ」
「それはお前の責任だろう」
「そんなことを言う前に結果を出せ」
と返していたら、社員はすぐ学習します。
Bad News Firstではなく、Bad News Lastにしよう。
もっと学習すると、
Bad News Never
になります。
経営者にとって都合の悪いことを言った人を「位置ズレ」と呼びながら、
「もっと経営者目線を持て」
と要求する。
それでは悪い情報など上がってきません。
社員が馬鹿だからではありません。
合理的に黙っているだけです。
経営者目線より、担当者目線を磨いた方がいい
私は、一般社員に無理に経営者目線を持たせなくてもいいと思っています。
経営者には経営者の仕事があります。
部長には部長の仕事がある。
課長には課長の仕事がある。
担当者には担当者にしか見えないものがあります。
だったら、その位置から見えるものを、きちんと上へ出してもらえばいい。
担当者に社長のつもりで考えさせるより、
担当者にしか見えない現実を、社長まで届かせる方が大事です。
位置を明確にするというなら、むしろそういうことではないでしょうか。
決める人は決める。
現場を見る人は見る。
異常に気づいた人は知らせる。
そして、知らされた側は聞く。
位置より、現実を見る
「あなたの位置では、それを決める権限はありません」
これは分かります。
でも、
「あなたの位置では、それを言う資格はありません」
となれば、話は別です。
そこから先は、組織論というより、ただの批判封じになりかねません。
部下が位置を越えていないか。
それを気にするのも結構です。
でも、その前に確認した方がいいことがあります。
その部下が見ている現実を、経営者は本当に見えているのか。
「経営者目線を持て」と言う前に、
現場から上がってきた話を聞く。
たぶん、その方が先です。
経営者の目線は、もう経営者が持っています。
会社に足りないのは、
経営者と同じ目線ではなく、経営者とは違う位置から見えている景色
なのかもしれません。
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このブログ「Kazc’s Laboratory」では、身のまわりの出来事を、経営学・ゲーム理論・法律といった道具で観察しています。所長はクリーム色のチワワです。
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