前編 囚人のジレンマは、なぜジレンマなのか——合理的に動くほど、みんなが損をする

「みんなが正直であればいいんです」

——『LIAR GAME』より

いかにも神崎直らしい言葉です。

甘い。

福永なら、たぶん全力で鼻で笑うでしょう。

秋山なら、もう少し考えるかもしれません。

本当に、みんなが正直ならうまくいくのか。

そもそも、なぜ正直でない方を選びたくなるのか。

ここに、ゲーム理論で有名な「囚人のジレンマ」があります。

名前だけは有名です。

ただ、この話は文章だけで説明すると、意外に分かりにくい。

そこで今回は、最初から利得表を出します。

当研究所としては珍しく、数字から始めます。

所長には少し不評かもしれません。

所長はクリーム色のチワワです。

数字より、おやつの現物を好みます。

目次

まず、二匹の犬を取り調べる

二匹の犬が、おやつ隠匿事件の容疑をかけられたとします。

二匹は別々の部屋に入れられ、相談はできません。

選択肢は二つ。

黙って仲間を守る。

これを「協力」とします。

相手の犯行をしゃべる。

こちらを「裏切り」とします。

数字が大きいほど、自分にとって得だとします。

相手が協力する相手が裏切る
自分が協力する3・30・5
自分が裏切る5・01・1

左側が自分、右側が相手の点数です。

二匹とも黙っていれば、3点ずつ。

自分だけ裏切れば、自分は5点、相手は0点。

相手だけ裏切れば、その逆。

二匹とも裏切れば、1点ずつです。

この表で大事なのは、数字そのものではありません。

順番です。

5が一番いい。

次が3。

その次が1。

最悪が0。

ここから妙なことが起きます。

相手が何をしても、裏切った方が得

まず、相手が協力すると考えてみます。

自分も協力すれば3点。

しかし、自分だけ裏切れば5点です。

だったら、裏切った方が得です。

では、相手が裏切る場合はどうか。

自分が協力すると0点。

自分も裏切れば1点です。

やはり、裏切った方が得です。

つまり、

相手が何をしようが、自分は裏切った方が得。

これが重要です。

相手もまったく同じことを考えます。

すると、二人とも裏切る。

結果は1点、1点。

ところが、不思議なことに、二人とも協力していれば3点、3点だったのです。

全員が、自分にとって合理的な選択をした。

誰も計算を間違えていない。

それなのに、

全員が、もっと悪い場所へ着地した。

これが「ジレンマ」です。

囚人のジレンマは、「悪い人間」の話ではない

ここを勘違いすると、囚人のジレンマは急につまらなくなります。

「人を裏切るのはよくありません」

という道徳の話ではありません。

あるいは、

「人間は欲深いですね」

という話でもない。

二人とも合理的なのです。

むしろ、合理的だから裏切ります。

そして、

個人として合理的な選択と、集団として望ましい結果が一致しない。

そこが面白い。

「みんなが正直なら、みんなが助かる」

だけなら、小学校の道徳です。

囚人のジレンマが厄介なのは、

みんなが正直でいるには、それぞれが自分にとって一番得な選択を捨てなければならない

というところにあります。

神崎直が、

「みんなで協力しましょう」

と言う。

福永が、

「いや、自分だけ裏切ったら5点じゃん」

と言う。

福永は性格が悪い。

しかし、計算は合っています。

そして全員が福永になれば、1点ずつしか残らない。

これが厄介なのです。

「みんなが分かれば協力する」では解決しない

さらに面白いのは、全員が構造を理解しても解決しないことです。

全員が利得表を見ている。

全員が、

「二人とも協力すれば3点ずつですね」

と理解している。

だからといって、安心はできません。

相手が協力すると信じた瞬間、自分には5点を取る誘惑が生まれます。

そして相手も、同じ誘惑を持っています。

つまり、

互いに正しい答えを知っていることと、互いに正しい行動を取れることは別です。

ここが、『LIAR GAME』にも通じるところでしょう。

ルールを理解するだけでは足りない。

相手も自分と同じ計算をしている。

その計算まで含めて考えなければならない。

秋山がやっているのは、たぶんこちらです。

福永が何をするかを読む。

福永も、自分が読まれていることを読む。

さらにその裏を読む。

こうして盤面がどんどん面倒くさくなります。

所長なら、その間におやつを食べます。

ゲーム以前の問題です。

では、なぜ現実では協力が起きるのか

ここでようやく、現実の話に戻れます。

実際の人間社会では、いつも全員が裏切っているわけではありません。

商売も続いています。

組織も存在します。

友人関係もあります。

何度も取引する相手なら、

「今回だけ得をする」

という計算では済みません。

今日裏切れば、明日仕返しされるかもしれない。

信用を失うかもしれない。

次の取引から外されるかもしれない。

「あの人は危ない」

という評判が残るかもしれない。

すると、話が変わります。

ただし、ここで、

「だから人間は理論どおりに動かない」

としてはいけません。

むしろ逆です。

ゲームが変わったのです。

一回だけのゲームではなく、次がある。

繰り返しゲームになった。

将来の利益や損失まで利得に入れれば、協力することが合理的になる場合があります。

信用は大切です。

それ自体はそのとおりです。

しかし、

「信用を大切にする人間は、損得を超えて美しい」

という話ではない。

信用まで含めて損得を計算すれば、

裏切らない方が得になる世界もある。

ゲーム理論はそこで壊れたのではありません。

盤面の方が変わったのです。

理論から外れたのではなく、別のゲームになった

囚人のジレンマを現実に当てはめるとき、一番注意したいのはここです。

現実の人間関係には、

過去があります。

未来があります。

評判があります。

感情があります。

関係があります。

一回だけの四マスではありません。

だから、

「囚人のジレンマなのに、この人は裏切らなかった」

と考える前に、

本当にその人は一回限りのゲームをしていたのか、

と考えた方がいい。

明日も相手と会うなら。

次の取引があるなら。

周囲が見ているなら。

記録が残るなら。

もう同じゲームではありません。

所長のおやつでも同じです。

今日、隣の犬のおやつまで全部食べれば、その日は5点かもしれません。

しかし明日から、

「あの犬と一緒に食べさせるな」

となれば話は違います。

短期では勝ち。

長期では出禁。

それなら、最初から食べないことにも合理性があります。

所長がそこまで考えているかどうかは分かりません。

おそらく考えていません。

囚人のジレンマの怖さ

囚人のジレンマの面白さは、

「人間は理論どおりに裏切らない」

というところにはありません。

むしろ反対です。

理論どおりに合理的に動けば、本当に悪い結果へ行ってしまう。

そこに怖さがあります。

悪意はいらない。

愚かさもいらない。

計算違いさえいらない。

一人ひとりが、自分にとって一番よい選択をする。

その結果として、全員が損をする。

社会には、ときどきこういう構造があります。

だから大事なのは、

「もっと相手を信じましょう」

だけではありません。

なぜ、協力した方が全体としてよいのに、個人には裏切る誘惑が残るのか。

その構造を見ることです。

そして次に問題になるのは、

そもそも私たちが「得」だと思っているものを、相手も得だと思っているのか、

ということです。

金を払えば損。

払わなければ得。

本当にそうでしょうか。

人によっては、

金より大事なものがあります。

面子。

自尊心。

「自分は悪くない」という物語。

そういうものまで利得に入れ始めると、盤面はもっと面倒になります。

次回は、その話をします。


このブログ「Kazc’s Laboratory」では、身のまわりの出来事を、経営学・ゲーム理論・法律といった道具で観察しています。所長はクリーム色のチワワです。

こうした見方の“元ネタ”になったのが、私が実際に経験した裁判です。その全記録――本物の準備書面や答弁書つき――は、note『裁判闘争記』にまとめています(一部有料)。原理はこのブログで、実戦はあちらで。

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この記事を書いた人

金融の現場で30年以上、貸す・回収する・法的手続を扱う側として働いてきた主任研究員。腑に落ちないことをそのままにできない性分。当研究所ではDr.ホワイト所長の監督のもと、制度・書面・権利回復に関する実務知識を発信しています。

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