送る側は、何も感じていない――内容証明に、あさっての感情を載せる人もいる

内容証明郵便が届くと、妙に怖いものです。

升目の決まった、四角い文字。
冒頭には「通知」や「通告」。末尾には「法的措置を検討します」。

普通の手紙ではありません。わざわざ内容証明で送ってきた。相手は相当怒っている。こちらが何か、取り返しのつかないことをしたのかもしれない。

そう考えてしまいます。

しかし、仕事で内容証明郵便を百通以上送ってきた人間として、まず一つお伝えしておきます。

送る側は、多くの場合、何も感じていません。

目次

内容証明は、だいたい作業です

内容証明を出す側の実務は、受け取った人が想像するほど劇的ではありません。

以前使った文面をフォルダから出す。
宛名を変える。
日付と金額を差し替える。
内容を確認して、必要な部数をそろえる。
郵便局へ持っていく。

それだけです。

相手の顔を思い浮かべながら、怒りに震える手で一文字ずつ打っているわけではありません。

文面が硬いのは、送り主が激怒しているからではなく、テンプレートが最初から硬い言葉で作られているからです。

「催告します」
「期限までに履行してください」
「法的措置を講じます」

普段の会話では、まず使わない言葉です。

しかし、仕事では普通に使います。

そこに怒りはありません。憎しみもありません。午後から別の仕事があります。

強い言葉と、強い感情は別のものです。

本当に必要な文面は、驚くほど地味です

実務で送る内容証明に必要なのは、たいてい決まっています。

誰が、誰に対して、何を求めるのか。
その根拠は何か。
金額はいくらか。
期限はいつか。
期限を過ぎたら、次にどうするのか。

これだけです。

内容証明は、相手を感動させる文章ではありません。こちらの人格や正義感を披露する場でもありません。

相手が立派な人間になることも、深く反省することも、通常はこちらの請求とは関係がありません。

必要なことだけを書けば、たいてい短く済みます。

文章が短いから本気ではない、ということもありません。

むしろ、本当に次の手続を考えている文書ほど静かです。

日付。
金額。
根拠。
期限。

それだけが、淡々と並んでいます。

内容証明を、私怨の額縁に使う人もいます

ところが、世の中には、少し変わった使い方をする人もいます。

本来の通知や請求に、まったく関係のない感情を載せてくる人です。

私が受け取った内容証明の中にも、そういうものがありました。

用件そのものは、事務的な通知でした。

あることをやめてほしい。
ある手続をしてほしい。

本来なら、それだけを書けば済みます。

ところが、その後に、こちらの人間性を評価する言葉や、別の問題について反省するよう促す文章が続いていました。

その一節がなくても、通知は成立します。
請求の内容も変わりません。
法的な効力が強くなるわけでもありません。

では、何のために書いたのか。

書きたかったのでしょう。

内容証明という限られた升目の中に、どうしてもその説教を入れたかった。

普通の手紙に書けば、ただの悪口に見える。
メールに書けば、感情的な文章に見える。

しかし、内容証明という硬そうな額縁に入れれば、何やら公的で、重みのある話に見える。

そう考えたのかもしれません。

残念ながら、額縁を替えても、中身までは変わりません。

あさっての感情は、内容証明に載せても、あさっての感情のままです。

郵便局は、怒りを認定してくれません

内容証明郵便が証明するのは、いつ、誰が誰に、どのような文書を差し出したかです。

書かれていることが真実かどうかまで、日本郵便が認定してくれるわけではありません。

「あなたは不誠実です」

と書いても、郵便局が不誠実認定をしてくれるわけではない。

「深く反省することを勧めます」

と書いても、受取人に反省義務が発生するわけではありません。

証明されるのは、

この人が、この内容の文書を、実際に送った

ということです。

余計な説教を書けば、その説教の正しさが証明されるのではありません。

この人は、わざわざ内容証明を使って、この説教を送りつけた

という事実が残ります。

日本郵便は公平です。

日付や金額だけでなく、送り主が詰め込んだあさっての感情まで、きちんと謄本に残してくれます。

内容証明を威圧の道具に使ったつもりが、自分の執着を長期保存してしまう。

なかなかよくできた制度です。

形式と中身を分けて読む

内容証明が届いたときは、文書を仕分ければよいのです。

相手は、何を求めているのか。
その根拠は何か。
期限は書かれているか。
応じなかった場合、何が起きるのか。

まず、この部分を読みます。

その後に続く、

「あなたは身勝手だ」
「常識を疑う」
「反省した方がよい」

といった文章は、請求や通知とは別のものです。

要求は要求。
評価は評価。
説教は説教です。

全部に同じ重さがあるわけではありません。

相手の人格評価に逐一反論する必要もありません。

「私は身勝手ではありません」
「あなたに言われる筋合いはありません」
「そちらこそ反省してください」

と返したところで、文書は立派になるどころか、内容証明を使った文通が始まるだけです。

しかも、かなり面白くない文通です。

本当に強い文書は、相手を更生させようとしません

本当に強い文書は、相手を叱りません。

相手の性格を分析しません。
社会人としてのあり方を説きません。
過去の態度を反省させようともしません。

必要な事実を書き、必要な請求をして、期限を切る。

それで終わりです。

なぜなら、文書の目的は、相手を真人間にすることではないからです。

金銭を請求するなら、必要なのは支払いです。
ある行為をやめてほしいなら、必要なのは停止です。

相手が心から反省したかどうかは、通常どうでもよい話です。

そこへ人格評価を盛り込まずにはいられないとすれば、請求とは別の目的が混じっています。

問題を解決したいのではなく、相手に一言言ってやりたい。

内容証明を使えば、その一言が少し偉く見えると思っている。

そういう、あさっての使い方をする人もいます。

所長は、内容証明を怖がりません

当研究所の所長であるクリーム色のチワワに、内容証明を見せたことがあります。

無反応でした。

所長の評価基準は明快です。

おやつが出る話かどうか。

内容証明は、おやつではありません。したがって、関心の対象外です。

これは案外、正しい態度なのかもしれません。

内容証明は、判決ではありません。
相手の主張を書いた紙です。

升目があり、郵便局の印が押され、普通の手紙より少し強そうな顔をしている。

それだけです。

怖がるのは形式ではなく、中身です

内容証明が届いたからといって、無視してよいわけではありません。

しかし、内容証明が届いたというだけで、怯える必要もありません。

見るべきなのは、中身です。

何を求められているのか。
根拠はあるのか。
期限はいつなのか。
本当に次の手続が控えているのか。

そこだけを読めばよい。

強い言葉と、強い根拠は別のものです。

郵便局の印が押されても、あさっての感情が法的な主張に昇格するわけではありません。

むしろ、誰が、何を、どのような調子で書いたのか。

それが、きれいに残るだけです。


本ブログでは、日常やビジネスに潜む構造を観察しています。これらの思考の土台となった、実際の紛争における人間観察と実務の全記録は、noteに収録しています。事象を抽象化し、構造として捉えるための参考資料としてご活用ください。

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この記事を書いた人

金融の現場で30年以上、貸す・回収する・法的手続を扱う側として働いてきた主任研究員。腑に落ちないことをそのままにできない性分。当研究所ではDr.ホワイト所長の監督のもと、制度・書面・権利回復に関する実務知識を発信しています。

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