裁判所は心の叫びの採点会場ではない|怒りを事実に変換する

前回の記事では、少額訴訟について書きました。

少額訴訟。
名前だけ聞くと、なんとなく軽そうです。

裁判ライト。
裁判ミニ。
裁判お試し版。
コンビニで売っている「ちょっとだけ裁判」みたいな響きがあります。

しかし、実際にはちゃんと裁判です。

原告は自分。
事務員も自分。
コピー係も自分。
郵便係も自分。
メンタル担当も自分。

そして、帰宅後の監督官は所長です。
報酬は、おやつです。

さて、本人訴訟の世界では、避けて通れないものがあります。

それが、文章です。

訴状。
準備書面。
証拠説明書。
時系列表。
裁判所への上申書。
相手方への連絡文。

本人訴訟の世界では、文章を書かずに進むことはほぼできません。

そして、ここで大きな問題が起きます。

目次

自分では正しいことを書いているつもりなのに、なぜか伝わらない。

これは、なかなかつらいです。

こちらとしては、怒りもある。
事実もある。
証拠もある。
言いたいことも山ほどある。

しかし、それをそのまま文章にすると、読む側からはこう見えることがあります。

熱量は分かる。
で、結局、何を判断すればいいんですか?

厳しい。
実に厳しい。

でも、これが現実です。

裁判所は、心の叫びの採点会場ではない

トラブルの当事者になると、どうしても文章に感情が乗ります。

「いかにひどいか」
「どれほど理不尽か」
「どれだけ我慢してきたか」
「相手がどれほどおかしいか」
「所長も眉をひそめている」

最後の点は重要ですが、裁判所の判断枠組みに入るかは微妙です。

もちろん、感情があるのは当然です。
むしろ、感情がなければ人間ではありません。

ただし、裁判所や相談窓口に出す文章では、感情をそのまま盛り付けると少し危険です。

たとえば、こう書きたくなります。

相手方の対応はあまりにも非常識であり、社会人として到底許されるものではなく、誠実さのかけらもない悪質極まりない対応である。

気持ちは分かります。

私も、内心ではこの手の文章を何度も書きました。
脳内では、もっと長かったかもしれません。
途中で能楽の謡みたいになっていた可能性もあります。

しかし、外に出す文章では、少し変換が必要です。

たとえば、

相手方は、〇月〇日、支払方法について〇〇を条件とする旨を述べた。
そのため、原告は通常の受領方法による解決が困難であると判断した。

この方が、ずっと伝わります。

怒りを消すのではありません。
怒りを、事実の形に変換するのです。

心の叫びをそのまま提出しても、読んだ人は困ります。

お気持ちは分かりました。ところで請求原因はどこですか?

となります。

これはなかなか悲しい。

文章は、読み手への案内図である

裁判所に伝わる文章とは、要するに案内図です。

「この道を進んでください」
「ここに事実があります」
「この資料を見てください」
「ここが争点です」
「だから、この請求をしています」

そういう道案内です。

逆に、伝わりにくい文章は、案内図ではなく迷路です。

入口に入った瞬間、

ここから先、気合で読んでください。

となっている。

これは読み手に厳しい。

本人としては、すべて大事です。
全部読んでほしい。
全部分かってほしい。

しかし、読む側の時間と集中力には限界があります。

裁判所の人も人間です。
AIではありません。

いや、AIでも長文の怒りエッセイを延々読まされると、たぶん内部で小さくため息をつきます。

だからこそ、文章は案内図にする必要があります。

まず「結論」を書く

伝わる文章にするために、最初に意識したいのは、結論です。

つまり、

何を求めているのか

を先に出す。

たとえば、未払い給料であれば、

原告は、被告に対し、未払給与〇〇円の支払いを求める。

まずこれです。

これが地図の現在地です。

そこから、

  • なぜその金額になるのか
  • どの期間の給与なのか
  • どの資料で確認できるのか
  • 相手はどう対応したのか

を説明します。

ところが、怒っていると、ついこうなります。

そもそも私は、長年にわたり誠実に勤務してきたにもかかわらず、被告は退職後においても不誠実な態度を繰り返し……

気持ちは分かります。

ただ、読む側は途中でこう思います。

で、請求額はいくらですか?

これではもったいない。

文章の冒頭で、まず読み手に方向を示す。
その後に理由を書く。

これは、裁判所向けの文章だけでなく、仕事の文章でも同じです。

稟議書でも、報告書でも、まず結論がないと読む側はつらい。

「結論から言え」は、少し乱暴な言い方ですが、実務上はかなり正しいことが多いです。

所長も、結論から言います。

おやつ。

理由は後です。

まとめ:怒りは、案内図に変換する

本人訴訟で文章を書くとき、怒りが出るのは当然です。

ただし、怒りをそのまま提出すると、読む側は困ります。

裁判所は、心の叫びの採点会場ではありません。

大事なのは、

  • 何を求めているのか
  • どんな事実があるのか
  • どの資料で確認できるのか
  • どこを判断してほしいのか

を、読み手がたどれる形で示すことです。

文章は、相手を殴る棍棒ではありません。
読み手を案内する地図です。

次回は、文章をさらに読みやすくするために、
事実と評価を分けること、一文を短くすること、形容詞を減らすこと
について書いてみます。

怒りの語彙フェスティバルは、気持ちいい。
でも、書面では少し危険です。


実際に少額訴訟へ進むまでの経緯や、当時の判断については、note連載でも書いています。
このブログでは制度面・実務面を中心に整理し、noteでは当時の経緯や心情も含めて記録しています。

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この記事を書いた人

金融の現場で30年以上、貸す・回収する・法的手続を扱う側として働いてきた主任研究員。腑に落ちないことをそのままにできない性分。当研究所ではDr.ホワイト所長の監督のもと、制度・書面・権利回復に関する実務知識を発信しています。

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