「こんな人の下では働きたくない」
ずいぶん前のことです。
テレビの経済番組で、日本電産、現在のニデック創業者・永守重信氏が取り上げられていました。
画面の中では、名経営者でした。
赤字企業を買収する。
社員の意識を変える。
コストを徹底的に削る。
そして黒字にする。
なるほど、数字だけ見ればすごい。
でも当時、銀行の一行員だった私は、別のことを考えていました。
「こんな人の下では、絶対に働きたくないな」
別に、経営理論を駆使して分析したわけではありません。
ただ、長い組織のいちばん下のほうにいる人間には、上で語られる立派な言葉が、下まで降りてきたときに何へ変わるのか、なんとなく分かります。
「収益力を高めよう」
「目標に妥協するな」
「もっとできるはずだ」
それが支店まで降りてくると、
「で、今月あと何件やるんだ」
になる。
経営哲学には、翻訳があります。
ほんまに「早出出勤」と書いてあった
記憶をたどって調べてみると、たぶん私が見たのはこのあたりです。
2008年、テレビ東京の『カンブリア宮殿』は、永守氏を2週続けて取り上げています。
5月26日のタイトルは、
「社員が変わる!会社が伸びる! ~永守流 正しいM&A~」
翌6月2日は、
「再建のプロがわが社にやってきた! ~永守流 利益の出し方教えます~」
でした。
そして2週目の番組紹介には、再建術として、
「1円からの稟議書」
「早出出勤」
などが並び、永守氏が自ら再建会社に出向いて「社員の意識を改革」すると紹介されています。
早出出勤。
いや、ほんま勘弁してください。
もちろん、当時の日本電産は実際に成長していました。
買収した赤字企業を再建した実績もあった。
だから番組が「すごい経営」として取り上げたこと自体は、不思議ではありません。
ただ、18年後。
同じ会社をめぐって、ずいぶん違う言葉が並ぶことになります。
18年後、別の言葉が並んだ
2026年4月、ニデックが受領した第三者委員会の最終報告書では、一連の会計不正の原因として、過度な業績プレッシャーや永守氏への権限集中、牽制機能の不全が指摘されました。
再発防止策では、
「『永守氏の会社』からの脱皮」
まで求められています。
2008年のテレビ番組と、2026年に明らかになった問題を、そのまま因果関係で結ぶつもりはありません。
ただ、第三者委員会の原因分析を読んでいて、私は昔の銀行員時代の感覚を思い出しました。
翻訳です。
報告書が描いたのは、トップが求める業績目標への強い圧力が、経営幹部から事業部門や子会社へと降りていく構造でした。
冒頭の、あれです。
「で、今月あと何件やるんだ」
トップが発した言葉と、末端が受け取る言葉は、必ずしも同じではありません。
組織の階段を下りる間に、言葉は翻訳されます。
「意識改革」と「業績プレッシャー」
だから、2008年の番組と2026年の報告書を並べると、少し妙な感じがします。
2008年には、
「社員の意識を改革」
と紹介されていた。
2026年には、
過度な業績プレッシャー
が問題の背景として指摘された。
成功しているときには「強さ」に見えていたものを、別の側から見る必要が出てきた。
そのことは確かでしょう。
誰も「やれ」と書いていない
2026年9月には、会計とは別に行われた品質調査で、ニデックグループ全体から844件の品質不適切行為が認定されました。
ここで、もう一つ気になる事実があります。
調査委員会は、現在・過去の役員ら31人の電子メール等を調べています。
その結果、役員らが品質不適切行為を具体的に指示したり、黙認したりしたことを明確に示すメール等は確認されなかった、としています。
誰もメールに、
「不適切なことをやれ」
とは書いていない。
それでも、844件あった。
これも、翻訳だと思います。
トップから具体的な不正の指示が出なくても、
「目標は絶対だ」
「コストを下げろ」
「納期を守れ」
という空気が組織を降りていくうちに、
現場で何を優先すべきかは、勝手に翻訳されていく。
実際、品質調査委員会は、事業の実態に見合わない利益目標やコスト低減要求が続き、その無理や矛盾を事業部門や拠点に負わせる状態があったと分析しています。
ニデック自身も、今後の改革として「Speak Up/Bad News First」を掲げ、問題に気づいた社員が役職や組織の壁を越えて声を上げられる風土を目指すとしています。
ここまで来ると、見るべきなのはトップが何を言ったかだけではないのでしょう。
その言葉を受け取った人が、何をしなければならないと思ったのか。
「それは無理です」と言えたのか。
悪い数字を、悪い数字のまま上へ持っていけたのか。
トップが間違ったとき、誰かが止められたのか。
そちらのほうが重要です。
ブレーキは、速さの敵ではない
速い車には、強力なエンジンが必要です。
でも、本当に速く走ろうと思えば、よく利くブレーキも必要です。
ブレーキがあるから、コーナーのぎりぎりまでアクセルを踏んでいられる。
ブレーキは、速さの敵ではありません。
速さの条件です。
会社も同じなのかもしれません。
社外取締役。
監査。
経理。
コンプライアンス。
そして、現場から上がってくる異論。
こうしたものは、経営者の足を引っ張るためにあるのではない。
強い経営を弱くするためでもない。
強い経営を、強いまま走らせるためにある。
アクセルの強さだけを見て「名経営」と呼ぶのでは足りないのでしょう。
言葉を、一段下へ降ろしてみる
2008年、テレビは永守経営の「すごさ」を映していました。
当時、一行員だった私は、その画面を見ながら、
「こんな人の下では働きたくない」
と思っていました。
たぶん、見ていた場所が違ったのでしょう。
上から見れば、高い目標を掲げ、会社を成長させる強い経営者がいる。
下から見れば、その目標を背負う社員がいる。
そして、その間には何段もの組織があります。
経営者の言葉は、その階段を降りてくる。
だから私は今、勇ましい経営論を聞くと、一度その言葉を下へ降ろしてみたくなります。
「高い目標を持とう」
「妥協するな」
「もっとできる」
では、現場では何という言葉になるのか。
「で、今月あと何件やるんだ」
そこまで翻訳してみると、「名経営」の見え方は、少し変わるのかもしれません。
参考資料
テレビ東京「カンブリア宮殿」2008年5月26日放送(永守重信氏)
テレビ東京「カンブリア宮殿」2008年6月2日放送(永守重信氏)
ニデック「第三者委員会の調査報告書(最終報告)の受領及び当社の対応に関するお知らせ」(2026年4月17日)
ニデック 品質調査委員会の調査報告書に関する開示(2026年9月4日)
ニデック 品質問題を踏まえた改革に関する開示(2026年9月4日)
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