少し前に、ある銀行員が、顧客の氏名が映り込んだ動画をSNSに投稿して問題になった、というニュースがありました。
よくある「不注意」として片づけられがちな話です。
けれど私は、これは不注意というより、ある一つの問いを通らなかった結果だと思っています。
「これを出したら、どうなるか」。
情報を外に出す前に、その一問を本気で通したか。
それだけの話です。
そして、この問いを通らない情報の扱いは、SNSでも、職場でも、そして裁判の証拠でも、同じ事故を起こします。
情報を扱う側にいた人間として
私は金融機関で三十年あまり、他人の財務や個人情報を扱う側にいました。だから、情報を出す前のあの緊張感を、それなりに知っているつもりです。
「この一行は、誰の情報か」
「これを外に出して、誰にどう跳ね返るか」
慣れると麻痺してきますが、本来は毎回、立ち止まるべきところです。
そして実は、私は自分自身の裁判でも、これに近い場面を見ました。
退職後の未払給料をめぐる本人訴訟で、相手方が裁判所に提出した証拠の中に、事件とは無関係な第三者の個人情報が、ほとんど配慮なく含まれていたのです。
しかも、その相手は、私には「在職中の情報を口外するな」と求めていた。
その一件の詳細は、note連載『裁判闘争記』に書きました。
ここでは、その個別の話からいったん離れて、もっと一般的なところを書きます。
誰にでも起こりうる話だからです。
情報を外に出す前に、通すべき五つの問い
裁判の証拠でも、SNSの投稿でも、社内資料の転送でも、メールの添付でも、出す前に確かめることは、たぶん同じです。
- この中には、誰の情報が含まれているか。
本人だけか、第三者は混じっていないか。 - その人は、この使われ方を想定し、同意しているか。
- 目的(争点・主旨)との関係はあるか。
関係の薄い情報まで巻き込んでいないか。 - 不要な部分は、マスキングできないか。
出すなら、最小限に絞れないか。 - 出した後、誰に、どんな影響が及ぶか。
戻せない情報ではないか。
むずかしい知識は要りません。要るのは、想像力です。
なぜ、この問いは飛ばされるのか
たいてい、目的が先に立つからです。
- 「証拠として出したい」
- 「相手を悪く見せたい」
- 「面白いから投稿したい」
その勢いが強いほど、出される側——とくに、争いと無関係な第三者——の姿が、見えなくなります。
裁判の場面で言えば、相手の人物評価を裁判所に印象づけたい、という思いが先に立つと、その材料に他人の個人情報を巻き込んでいることに、気づけなくなる。
けれど、人物評価は争点を動かしません。 動かさないもののために、無関係な人を記録に巻き込む。 これは、二重に筋が悪いのです。
情報は、一度出ると戻らない
情報は、一度外に出ると、完全には戻せません。だから、戻せないことを前提に、出す前に止まる。
「これを出したら、どうなるか」。
この一問を通す習慣だけで、防げる事故は、かなりあります。知識よりも、想像力。情報を扱うすべての人にとって、最初に持つべきはそちらだと、私は思っています。
——実際に私の裁判で起きたことは、note連載『裁判闘争記』の第8回に書いています。怒りではなく、記録として残したかった話です。

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