前回の記事では、当研究所の最高権威である「所長」をご紹介しました。

所長は、報酬であるおやつの遅配を一切許さず、散歩時間の短縮にも断固として抗議する、極めて権利意識の高いチワワです。
では、人間社会はどうでしょうか。
残念ながら、人間の世界では、
働いたのに、最後の給料が予定どおり振り込まれない。
という、所長なら即座に玄関前で座り込みを始めるような事態が起こることがあります。
私自身も、定年後に転職した職場を辞めたあと、最後の給料が振り込まれないという経験をしました。
最終的には、少額訴訟を自力で起こし、裁判後の手続まで経験して、何とか回収しました。
まさか、長年の金融実務や書面作成の経験が、退職後に自分の給料を取り戻すために使われるとは思いませんでした。
人生、どこで伏線が回収されるか分かりません。
最初にやるべきことは、怒鳴ることではない
給料が振り込まれていない。
この事実に気づいた瞬間、人間はだいたい冷静ではいられません。
「え、なんで?」
「忘れてるだけ?」
「まさか払う気ない?」
「いやいや、そんな会社ある?」
「あるんかい」
頭の中で、ひとり漫才が始まります。
ここで、勢いに任せて相手に長文メッセージを送りたくなるかもしれません。
あるいは、怒りのあまり、文末に「!」を20個くらい付けたくなるかもしれません。
しかし、ここは一度、深呼吸です。
まずやるべきことは、相手を責めることではありません。
通帳を見ることです。
地味です。
とても地味です。
しかし、実務はだいたい地味なところから始まります。
ドラマならここで法廷BGMが流れるかもしれませんが、現実ではまずネットバンキングにログインします。
「払われていない」を確認する
「給料が払われていない」
気持ちとしては、この一言で十分です。
ただ、自分の頭の中だけで終わらせないためには、まず確認が必要です。
本当に入金がないのか。
別の日に入っていないか。
金額が違っていないか。
いつもの口座ではなく、別の形で支払われていないか。
ここを確認します。
怒っているときの人間は、意外と見落とします。
「絶対に入っていない」と思っていても、まずは通帳やネットバンキングを確認する。
ここで大事なのは、怒りを否定することではありません。
怒りを、確認できる事実に変えることです。
「払われていない気がする」ではなく、
「支払予定日を過ぎても、指定口座に入金が確認できない」
という形にする。
これだけで、かなり違います。
所長の場合は、おやつが1分遅れただけで現地確認に入ります。
人間も、まずは入金確認です。
最初に見るものは少なくていい
この段階で、いきなり法律を調べまくる必要はありません。
まず見るものは、そんなに多くありません。
- 通帳・ネットバンキングの入金履歴
- 給与明細
- 給料の支払日
- 退職日
- 会社からの連絡
最初はこれくらいで十分です。
ここで、いきなり検索窓に、
「未払い給料 違法」
「退職後 給料 払われない」
「少額訴訟 やり方」
「労基署 動かない」
「会社 ふざけるな」
などと打ち込みたくなります。
最後の検索ワードは、実務上あまり有益な検索結果を生みません。
もちろん、法律や制度を調べることは大切です。
ただ、最初から法律論に飛びつくと、かえって混乱します。
法律論は、事実の上に乗るものです。
まずは、
- 何が起きたのか
- いつ起きたのか
- 何が支払われたのか
- 何が支払われていないのか
を確認する。
そのうえで、法律や制度に当てはめていく。
カレーを作る前に、まず具材を確認するようなものです。
玉ねぎも肉もないのに、いきなりスパイスの配合だけ考えても仕方ありません。
法律論というスパイスは大事です。
でも、まずは事実という具材です。
怒りは証拠にならない
「とにかく腹が立つ」
これは自然です。
私も腹は立ちました。
かなり立ちました。
なんなら、腹筋が鍛えられるくらい立ちました。
しかし、腹が立っていること自体は、証拠にはなりません。
残念ながら、裁判所に「怒りの熱量」を提出する欄はありません。
甲第1号証「私の怒り」
甲第2号証「眠れなかった夜」
甲第3号証「所長も不満げな顔をしていた」
こういう証拠番号は、たぶん付けられません。
だからこそ、まずは事実を整えます。
怒りを消す必要はありません。
ただ、その怒りをそのまま相手に投げる前に、
何が、いつ、いくら、どうなっているのか。
ここを確認する。
これが第一歩です。
まとめ:まず落ち着け。通帳を見ろ。
退職後に給料が支払われない。
これは、不快です。
不安にもなります。
腹も立ちます。
ただ、その怒りをそのままぶつけても、あまり前には進みません。
最初にやることは、派手な反撃ではありません。
通帳を見る。
給与明細を見る。
支払日を確認する。
会社からの連絡を確認する。
地味です。
でも、ここから始まります。
ただの「腹立たしい出来事」が、少しずつ説明可能な出来事に変わっていきます。
感情だけで終わらせない。
制度や言葉を使って、自分の足元を守る。
その第一歩は、たぶんこうです。
まず落ち着け。通帳を見ろ。
次回は、「給料が払われていない」という事実を、相談や手続で説明できる形にするために、どんな資料を集めたのかを書いてみます。
詳しい経緯や、実際にどのような判断をしながら少額訴訟へ進んだのかについては、note連載でも書いています。
このブログでは制度面・実務面を中心に整理し、noteでは当時の経緯や心情も含めて記録しています
本ブログでは実務の構造とルールを解説しています。実際の少額訴訟の記録や、第一準備書面の法的骨格など、相手の物語に巻き込まれないための具体的な戦術と書面構成は、noteマガジンにて順次公開・保管しています。

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